7月14日群馬の前橋市役所の職員とのセッション。
6月29日まで前橋の敷島のフリッツアートセンターで開催していた展覧会「まえばしスケッチ」で、ボクからの『この絵を前橋市のシティプロモーションに使ってみませんか』という偉そうな提案を、市のスタッフがキャッチしてくれ意見交換。
そもそもこんなプロジェクトが実現可能なのか?
『コアグループになる得る人を募って探ってみよう!』というセッション One
集まってくださったのは15名。
まだ実現可能か分からない案件のため、就業時間外、仕事の終わった直後の1時間をいただき、ボクも経費含めギャラは辞退し、フラットな関係で膝突き合わせました。
前橋で一番高いビルは県庁の建物で、前橋市役所の庁舎はそれに続く高さです。
都内まで100km、関越道と東北道とのアクセスはスムースですが、上越新幹線の駅は隣の高崎市にあります。
北に赤城山を仰ぎ、西は榛名山、その間に轟々と利根川が流れ、人々の足元から南に向かって関東平野が広がる前橋市。
海はありませんが、”まちなか”を流れる広瀬川や、桃の木川などなどの河川も多く、「水と緑の街」をアイデンティにしています。郊外では米や野菜作り、養豚などが盛んです。
過去日本の一大養蚕地帯であった群馬に在って、前橋は生糸の集積地として栄えましたが、1945年8月5日の空襲により市街地のほとんどが灰燼に帰した過去を過去を持ちます。
戦後復興を果たし商都として発展するも、日本の社会構造の変化と、国内有数の車社会の影響、そもそも失われた30年の波を受け、1990年以降”まちなか”は衰退。
しかし、”めぶく“を合言葉に、ここ数年起きている「新たなまちづくり」の動きが、全国的に注目を浴びていたます。
人の気質は、「荒っぽい」と言われる群馬の中では穏やかな方で、文化的な嗜好を持つ方が多い印象でいます。
ボクがザクっと認識している前橋はこんな。
ちなみに、平成の大合併でボクが生まれ育った勢多郡粕川村も前橋市粕川町になりました。
それによって、自分も「前橋出身」と語られることになるのですが、今だに慣れません、、
その魅力はなんだろうか?
まずは対面で1人ひとりに聞いてみました。
すると、ほぼ自分の認識と重なった回答がありました。
ならば紙とペンを配って、
「ともかく思いつくだけの前橋の魅力を書いてみて〜」とブレインストーミング。
以下、
+
田んぼ
金色の稲
赤城
おいしい水
山、山、山、平地!!
ぜいたくな広さの駐車場
橋
雷、そして ひょう
グリーンドームの道から見る花火大会
誰もいない児童館
工科大でやるトランポリン大会
るなぱあく の木馬
前橋公園の夜桜
すきま がある
朔太郎がいた
夕焼けがきれい
朝日もきれい
夜景もきれい
雷が多くて停電にドキッ
広瀬川は用水路 でもきれい
義理人情
ネコがいる街
人なつっこい
自転車で遊べる
おいしいものが多い
赤城山には龍がいる
景色が四季折々で楽しめる
自然とたわむれる街
るなぱあく の親子
雪に埋もれた小沼周り
敷島公園沿いの桜並木を写真撮影している人たち
敷島公園で野生化した猫の大群
馬場川通りの若者
焼きまんじゅう(原嶋屋)
中央児童公園
ばら園
赤城の旧料金所
中央通りの入り口
敷島公園のボート
利根川の河川敷
中央病院
広瀬川の柳
赤城山
上電
田園風景
臨江閣
豚が名産
るなぱあく
利根川
広瀬川
白井屋ホテル
ブルーボトルコーヒー
敷島公演(バラ)
GRASSA
自然豊か
医療機関が充実
野菜がもらえる
木馬
八幡山 たか
空気、水が美味しい
暑い
風が強い
女子高生 立ち漕ぎ
人情
るなぱあく
かけっこ
おばちゃんトーク
赤城山からの風
北を探す時は赤城山
いちご
「なっから」という言葉が好き
緑
欅並木の緑
るなぱあく の木馬
原嶋屋の焼きまんじゅう
空っ風に自転車で向かう女子高生
裾野が長い赤城山
まちなかがしゃれてる
めしがうまい
ほどよく田舎
晴れが多い
自然がいっぱい
温泉が多い
夏の広瀬川
夕方の県立図書館
田植えの後の田んぼ(湖みたい)
カエルの鳴き声(大合唱)
新緑の柳(広瀬川)
おせっかい(良い意味で)
空っ風
かかあ天下(働き者)
県庁からの眺め
おいしい野菜
前橋ウイッチチーズ
職員は真面目
まちなかと山エリアの差
スローシティ
赤城山
広瀬川
アート
古い街並みと新しさ
空っ風
ウエルカム感
人の近さ
太陽の光を感じる
色の豊かさ(茶色)
欅並木
月
「前」と「橋」という陽時ティブな漢字
海に憧れてるのは共通
利根川の「ゴー」という音
利根川の石の大きさ
平野パノラマ
水田
水田のカエルの声
+
以上。
これをテキストマイニングすると。
面白いなあ〜
ここに上がったワードは、全部絵にしてみますよ!
が、
ボクが風景を描く際に大切にしているのは『そこに人の気配を感じられるか?』
ある土地を訪れて、素晴らしい風景に出会っても、その記録は写真でいいじゃん。
なんだけど、
だれかひとりでもいい、「愛しきひとり」に出会うことで、風景はボクにとって描くべき意味を持ちます。
今回のフリッツアートセンターでの展覧会も、
当初オーナーの小見さんと出会うことで、描くモチベーションをいただくも、
展覧会を通して出会った1人ひとりへの愛しい気持ちが、また自分に前橋を描かせ、
それまで描いたものを超えた愛しい絵が生まれ、展覧会を成長させました。
市の職員がボクをキャッチしてくれたのも、そこを感じてくれたからのはず。
なのであと一歩、今回の参加者に近づいてみるワークショップ。
「わたしが今まで一番楽しいと思った前橋を教えてください」
これはずっと続けてきた一本の線を描くワークショップの形式で行いました。
以下。
次男の子守りで”さちの池”に遊びに行った時。
子どもの顔と景色が今でも鮮明に思い起こすことができ、幸せな時間だった。
仕事が終わった後に同級生と集まって、マックでMサイズのドリンクとポテトをつまみながら、
今日あった事やこれからなにをしたいか話して、夜の11時ぐらいに帰宅する。
私は中学生の時に、田んぼの道を部活の友達と赤い車に追いかけられながら走ったことが、
苦しくて楽しかった。
私は赤城山へ友達と登山に行きました。山の頂上から見た大沼と緑色の山々が本当にきれいでした。
沼から吹き上がる涼しいん風が、登山後の汗をかいた体に心地よかったです。
私は、入職した年に初めてみこしに参加した時が楽しかった。
私は県外出身で、大学生の頃から前橋に住んでいますが、最近まで赤城山に登ったことがありませんでした。
職場の仲間5〜6人で初めて登山してみた景色。道中のコーヒー、滝のようにうかいた汗が忘れられず、
その後登山の楽しさに触れ、色々な山に行くきっかけになりました。
私は、小学校の時に学校のマラソン大会で田んぼに落ちたけど、巻き返して一位を取れて嬉しかったです。
私は前橋市民文化会館で宝塚の公演をみて、客席降りてハイタッチしてもらって幸せでした。
小学生の頃、地域のまつまり(子ども会)でのお祭り(太鼓の練習を3ヶ月前くらいからして山車に乗る)や、
上毛かるた大会に出場するため必死に練習したり、幼馴染と過ごしたのが良い思い出です。
小学校の頃、先生に促されるまで放課後友達と校庭であそんだ帰り道、友達と用水路の葉っぱレースを初めて、
石爆弾を葉っぱに投げ合って、水の流れに沿って走っていたとき楽しかった!
雪の降り積もる中、「カーン」と竹の割れる音を布団の中で母と姉とじっとして聞く。
次はいつ割れるのであろうか?耳を澄まして待っている時。
部活の帰りに上り坂しかない道を「やいのやいの」他愛もないことを話しながら、
夕陽を浴びて歩いていた時。自然とだれかと過ごした時。
4月末ごろ近所を散歩していた時に、何も知らずに入ったら美味しくて、
お気に入りの居酒屋を発見した時。
同期と飲みに行ってふざけてる瞬間
子供の頃、自分の部屋から見える赤城山の、それはそれは深い緑の雄大な姿を、今でも強く思い出します。
その赤城山の色が、どんどん開発され、変化してしまったことを寂しく想います。
高校生の時の真冬、友人と2人で赤城山に向かって自転車をこいでいたら、
友人が風に煽られて田んぼに落ちた。
私が小学生の頃、前橋七夕まつりで七夕飾りをかきわけながら進んだこと。
妹と「キャーキャー」言いながら笑ったこと。
小さな頃に父と母と手をつないで夜の中央通り商店街を歩いた時、
人混みの中で何度もジャンプさせてもらい、街の灯りが揺れて見えたのが楽しかった。
(これはボクの思い出)
以上。
面白いね〜!
そして美しい。
色が紛れもなく前橋!
なにより、
市の職員15名から「楽しかった思い出」を聞いたら、
2人が「田んぼに落ちたこと」が楽しかったって!
このセッションの前日、
ボクは眼鏡のJINSを興した田中 仁さんからのお誘いを受け、
JINSの前橋サテライトオフィスに施設されたオブジェ「ばばっかわ男」のお披露目式に参加しました。
田中 仁さんは私財を投じ、民間主導で(もちろん官民連携で)アートによる前橋の再興を進めていて、
今回のオブジェをどのように考え製作設置したのか、作者の尾花賢一さんのお話と共に聞けることは、
とても貴重と思いました。
そんなお話の中で気になったのは、
「ばばっかわ男」に対し「気持ち悪い」という意見が少なからずあるとのこと。
自分から見ると、このオブジェは街の絶妙なポイントに置かれていて、
街に「気持ち良い不協和音」を与えてくれるなと。(JAZZ的な快感!)
そもそも造形自体「きもちわるカワイイ」(今の東アジア圏に通底する何か!)
スクエアに整備されがちな街に、山から転げ落ちてきた岩のような造形が加わることで、
街を歩く人が間接視野で捉える街が優しい印象に変わる効果があるだろうなと。
この作品とこの設置方法をポジティブに捉えました。
自分はビジュアルアートや音楽に関わってきたので、こうした捉え方の出来るアート脳が育っているから、
こうした捉え方が出来るんだろうと思います。
なので、前橋の街を利用する人が、こうした感覚を持てれば、街はもっとポジティブに発展するんだろう。
しかし、放っておいたら多くの人を取りこぼしてしまうのが「アートを使った〇〇」のようなプロジェクトだなと。
さて、どうしたらいいのか?なんて考え始めた次の日、この市役所のセッション。
集まったみなさんから掘り起こされた「楽しさ」と「ばばっかわ男の」造形が、
ボクの中では思いっきり重なったんよね。
ということは、
実は前橋に暮らす人の中に答えは埋まっているんだろうということ。
うん、もっと多くの「わたしが今まで一番楽しいと思った前橋」に出会ってみたい。
それを元に、必要なら取材して、絵にしたら、
それは今の前橋の、そして前橋に暮らす人の合わせ鏡のようなものになってくれるはず。
そこからボトムアップ的動きで、じゃあ何を誇りに思い、何を改善し、何を創造したらいいのか。
そんなエクスキューズを多くの人にシェアしやすい簡潔でリアル言葉で語ることが出来るんじゃないかと。
ちょっと壮大な話ではあるけれど、引き続き市のスタッフのコアグループの話し合い、
次にやるべきをことを導き出せたらいいなと考えています。
ところで、今回たくさん吐き出された言葉の中で、
「立ちこぎ」というワードに、何か前橋らしさを感じている自分です。