135か月め


今日は2011年3月11日から4,110日
587週1日
11年3ヶ月
135回めの11日です。

現在滋賀県の東近江市能登川町立図書館で「暮しの手帖」元編集長の澤田康彦さんとの展覧会「いくつもの空の下で」を開催中のボクのことを、京都新聞ジュニアタイムスが取材してくれました。

子どもたちに向けて、悩める子ども時代を過ごして、悩める今を生きるボクの話を、噛み砕いで編集してくれた記事に感謝。

過去を振り返ることより、今を生きることに精一杯な自分にとって、人との会話から自分を確認出来ることは、ありがたいことです。

じゃあこれが子どもたちの役にたつのかどうか、、
引き続き「わかった顔」しない生き方を続け、自分に興味持つ子どもがいたら、その時の全力で答えられたらいいな。ちょっとくらい間違ったこと言うかもしれないが、ともかく全力で。

ところで、
京都新聞と同様のインタビューを雑誌 SWITCH で受け、
6月20日発売号の記事となっています。

SWITCH-Vol-40-No-7

今の自分を形成している子どものころのことから、
セツモードセミナーで長澤節から受けた啓示など、
京都新聞とほぼ同じ内容で語っているはずですが、
こちらではトンガった大人に向けてグサグサ刺さる編集。

自分を振り返り、ひでえやつだな〜と嘆くも、
すんません、これが俺なのか、、
です。


そして、やはり同様のことをネットメディアでたっぷり語りました。
IMAGINEZ大学 with Discovery

https://www.discoveryjapan.jp/program/imaginez-univ/

こちら配信開始は7月になるかと思いますので、詳細あらためますね。

が、なんでこのタイミングでこれだけ発言を求められるのだろうか?

今日台湾よりオードリー・タンさんに関する近藤弥生子さんの著作が送られてきました。

台湾の天才的なハッカーで、日本で言うところのデジタル庁の大臣に就任したオードリー・タンさん。
彼女が社会にもたらしたことについて、ボクに日本からの視点でコメントを寄せてくれとのオーダーを頂き、東日本大震災後の社会を思い短文を寄せたので、紹介してみます。

2011年3月11日、日本は未曾有の大震災を経験します。
あれから10年。被災地では人々の「対話と共有」の痕跡を感じる、優れたデザインの社会的インフラに出会うことが出来ます。
困難を解決するため、1人ひとりの中に埋まる答えと対話し、共有することで導き出す最適解。
それはきっちり10年未来の発想であり、オードリー・タンさんはそれに輪郭と名前を与え、1人ひとりが使える道具に変えてくれているように思います。

以上。

ボクが3月11日以降出会ってきたことには、良いことも残念なこともあります。
そんな中で、困難の中にあるからこそ、他者を思い関わる人たちにとって最善の解決を導き出す努力とアイデアに出会うたび、深い共感と感動を感じてきました。

そうした「被災地」の発想は、日本の社会をより良いものにする力があると直感し、自分で暮らす街や触れる人と共有することを続けてきたはずです。

が、共有するための言葉は足りていなかったかなと。

オードリー・タンさんが社会の課題解決のために実践され、オープンソースとして社会共有されていることには、自分が見たり感じたりしてきたことが、明快な言葉で語られています。

「あの日」から11年3か月の今、
あらためて自分の言葉で震災や被災を語り、社会の生きづらさや息苦しさにちょっとでも風穴が空けられるよう。自分が身に付けた社会の課題解決に至る方法を実践してゆかねばなと。
それは何気なく描く1枚の絵にも反映させてゆこうと考えています。

台湾からもう一冊。
自著「台湾客家スケッチブック」が紹介されている政府系(?)の雑誌を届けていただきました。

この雑誌の特集は「女性」

世界第6位
アジア圏では第1位を誇る女性の社会での活躍が進む台湾。

そんな台湾のそれぞれの現場で活躍中の女性が、
台湾語と英語のテキストで紹介されています。

気象アナリストやフードコーディネーター(で語りきれないが)など、サスティナブルな世界を目指す社会の課題解決の最前線で活躍される女性たち。いい顔してる。

この辺、日本でやるとルッキズム(外見至上主義)に陥ったものになりやしないか?

もちろん、台湾の社会だった問題はあるのだけど、でも台湾の社会や人から学び日本の社会に投下するべきことは沢山あるな。という実感。

話はちょっと飛躍しちゃうかもだけで、
クラスの一番すみっこで静かに小さくなっている女の子が、実はすごいこと考えていたなんてことは、当たり前にあることで、ボクのようなものは絶えず小さな声に耳を澄ませてゆかねばならないのだ。

 

絵本「はるのひ」日本絵本賞受賞


2021年2月に発表した絵本「はるのひ」が、
2022年5月、第27回日本絵本賞を受賞しました。

父が亡くなった2018年の春の日から、3年の制作期間で生まれた1冊。

絵本はボクひとりで作れるものでは無く、この1冊は特に、編集担当のTさんの27歳から30歳までの青春の一冊と言っても良いくらい、莫大なエネルギーを注いでくださったことで、生まれたものです。

また、ブックデザインの城所 潤さん、舘林三恵さんから頂いたアイデアにより、より美しい本として、この物語を必要とされる方へ届けることができます。

さらに、たいていの印刷屋さんが顔をしかめるボクの”印刷しずらい絵”に真っ向立ち向かってくれ、発刊直後に「特にp30〜31の見開きで震え上がれ」とTwitterでつぶやいてくださった、東京印書館様のサイコーの印刷無くしてこの本は語れません。

この賞はそんなみなさんに対してのものだと考えています。


森の向こうに煙をみつけた”ことくん”が、走って煙を見にゆくだけの物語ですが、
その舞台の参考にしているのは、ボクがこれまでお世話になってきた土地です。

まず、生まれ故郷の群馬県南部、赤城山の麓の田園風景。
おばあちゃんの家の田んぼや畑で遊んだ経験と共に、1970年あたりを境に徐々に失われていった里山の美しさなんてものも、思い出しながら筆を走らせました。

そして、子どもたちとのワークショップセッションを重ねて5年目となる、福島県奥会津エリアの柳津町や昭和村の風景や光、土地の高低差の面白さ。
なにより元気な子どもたちの姿!
彼らがこの絵本を好きだと思ってくれたら、それが一番うれしい!

もしくは、やはりワークショップでお世話になっている、喜多方市で完全有機農法を実践する大江ファームの、夕日に溶けてゆく美しい畑。

夕日と言えば、東北の太平洋沿岸部で出会ってきた色彩。
この絵本は山間の物語だけど、海沿いの町で見た色彩を盛り込むことで、「どこか知らないけどステキな場所」の演出が出来たはずです。

物語の大切な装置となる森は、大分県杵築市山香町の森の中でカテリイナ古楽器研究所を営み、ものづくりと音楽と反農の暮らしを実践する松本家とのお付き合いから、体を持って覚えた喜びを絵にしています。

さらには、2016年の初夏に花の絵の展覧会を開催させてもらった、栃木県那須塩原市黒磯のSHOZO COFFEE。
展覧会を前にした2月と3月に、SHOZOに宿泊しスタッフとワークショップしたり、那須野の山を自分の足で走って感じた土地や人との距離感。

やはり展覧会を開催させてもらった熊本県津奈木町の”つなぎ美術館”
そのきっかけとなったアートプロジェクト”赤崎水曜日美術館”に関わったことで得た、土地と人との関係性。これはその対岸、天草でも経験させてもらいました。

色彩に決定的な力を与えてくれたのは、2019年の夏に3週間かけて取材旅をした台三線エリアの濃厚な風景。
それ以上に、そこに暮らす客家の皆さんから与えていただいた人情が、色に強さと優しさを与えてくれています。

ボクが当初考えた絵本のタイトルは「とーちゃん おーい」で、
主人公の名前は「ととくん」でした。

「おーい」の原風景は、カミさんの九州の実家のお父さんが、2歳の息子に向かって「おーい」と声をかけて遊んでくれていた風景。

自分は父親とそんな経験あっただろうか?と記憶を辿るも、1枚の写真に辿り着けただけだったけど、それでもなんて安心感のある風景なんだろと、自分が家族を取り戻したような気持ちで見ていました。

その後作画を担当する絵本「とうだい」でも印象的に使われていた「おーい」という言葉。
嵐の中で灯台が光と共に叫ぶ「おーい あらしにまけるな とうだいはここにいるぞ 」という声!
それに答え「トットットット」とエンジンをふかし舵を切る小さな船。

斉藤 倫さんの物語に、ボクこそ見守られていたように思います。

そして、「おーい」という言葉に向かって「とっとっとっと」と近づいてゆく子どもの風景を想像すると、逆に「おーい」という安心感に背中を押され「とっとっとっと」と駆けてゆく子どもを想像。

震災後、多くの言葉を駆使して相手の言葉に蓋をするような事がネット上で見られるも、被災地と呼ばれる場所では、そんなもの何も役に立たないでいるのを知ったボクは、子どもたちに「おーい」とただただ大らかな声をかけられる「とーちゃん」でありたいと願いました。

そう願うことで、「おーい」と大らかな声で語れる人にたくさん出会えたはずで、その声はこだまして、さらに次の大らかなる人の発見に繋がってゆきした。

そうすることで、ボクもボクの家族も生かされてきたような10年ちょっとの歳月。

残念ながらこの本が完成する前に亡くなってしまった方もいます。
しかし、大切なことはこの物語の背景に塗り込んであります。

今回頂いた賞が、そんな1人ひとりをこの物語と共に生かし続ける裏付けになってくれたらいいなと、
心より願っております。

2022年5月
小池アミイゴ

追記。
代々木あたりのみなさまへ。

「はるのひ」小さすぎる原画展
2022年5月26日(木)~6月5日(日)
at 渋谷区富ヶ谷2丁目のパン屋”ルヴァン”のカフェ”ルシャレ”
〒151-0063 東京都渋谷区富ケ谷2丁目43−13 GSハイム代々木八幡

へっぽこな自分を生かしてくれている代々木の街みなさまへ。
みなさまの支えがあってこそ作れた絵本が、なにやら立派な賞をいただきました。

つきましては、みなさまが愛してやまない街の誇りとも言える場所で、小さな原画展を開催させていただきたく存じます。

通常は店休日である月曜日、5月30日は1日書店として「はるのひ」限定20冊の販売をします。

11時から17時くらいまで、ボクが店内でうだうだしていますので、茶などご注文の上、お声かけいただけましたら、絵本の背景に塗り込んだお話などさせていただきますね。

小さな店ですので、おひとり、おひとり、バラバラとお運びいただけたら幸い。

小さくとも風通しの良い会話の現場になればいいなと願っております。

!)この日以外は人気店ゆえ、
いわゆる一般のお客様で入店出来ない可能性があります。
わざわざお越しになられるようであれば、ボクにご一報くださいませ。

「いくつもの空の下で」展 at 滋賀の能登川図書館


京都新聞の連載で大好評をいただいた「暮しの手帖」元編集長の澤田康彦さんのエッセイと、それに添えたボクのイラストレーションの展覧会が、澤田さんのご地元である滋賀県の東近江市立能登川図書館の展示室で開催しています。

いくつもの空の下で
小池アミイゴ イラストレーション展 + 澤田康彦“青春”コレクション

 会期:2022m年5月18日(水) ~  7月3日(日)

【会期中の休館日】月曜日、火曜日、5月27日(金)、6月24日(金)
会場:能登川図書館・博物館ギャラリー
〒521-1225 滋賀県東近江市山路町2225
TEL:0748-42-7007

「いくつもの空の下で」京都新聞出版センター刊(1700円+税)でなんと!
連載に使用した47点の絵、すべてカラーで掲載されています!

そもそも編集長さんとの本作り。
濃厚な言葉の交換で、本の体裁が変化してゆき大変面白かった!

ブックデザインの佐々木暁さん、
編集者とイラストレーター、それぞれクセの強いおじさん相手に、
さらに斜めゆくアイデアを投下してくださり、
とても美しく若々しい一冊に育ちましたよ〜!

表紙の絵は何枚か描いたのですが、
ともかく心も体も気持ち良いものを提供したいと、
レイアウトのサイズを何度も無視して描いてごめんない、、

でも、うん、気持ち良いのが描けたです!

2020年5月より11ヶ月に渡り連載された澤田さんの歳時記と週刊のエッセイがまとめられた一冊は、京都新聞が読まれる京都滋賀エリアでは大好評を頂き、写真は5月15日に京都新聞のホールで開催された対談(漫談?)後のもの。

その後滋賀に移動し、思いがけず大展覧会になった会場設営2DAYS

当初想定していたイラストレーション展は、
いつしか「ふたりのオジサンの青春グラフィティ」へ!

地元出身の澤田さんが持ち込む大量の「あの頃のボク」が、
今の俺のイラストレーションを駆逐するが勢いで会場を席巻!
負けじと俺も、看板は急遽手描きに。

さらに、会場の防災装置を我が作品のごとく魅せる、二百戦錬磨の展示スキルを披露!

図書館スタッフのみなさまの愛に溢れたお手伝いもたっぷり浴びて、
人情7割~オシャレ3割という、実に今っぽい展示に育ちましたよ〜!

てか、編集者とイラストレーターのガチンコの展示って、みなさん想像つきますか?
俺は想像つかなかったです。

しかし、

おもしれ〜〜〜!

澤田さん、自分の中学や高校の頃の日記までさらして、、
これじゃ生前葬だね、だって。。

というわけで、
次回は6月18日_子どもワークショップ
そして19日_澤田さんとのトークショー

みなさん、
滋賀県琵琶湖の辺り、東近江市の能登川図書館でお会いしましょう!

詳細は能登川図書館のHPをチェックしてください。
押忍。
で、能登川図書館の場所や開館時間など。

 

 

 

134ヶ月め


今日は2011年3月11日から4,079日、
582週5日
11年2ヶ月
134回めの11日です。

今年のゴールデンウィークは、PCR検査をした上で東北へ。

昨年から秋田市から北に20kmの井川町の桜まつりで、
子供たち向けの絵を描くワークショップを開催しました。


井川町のアイデンティティ、桜の名所”井川国花苑”を中心とした地域ブランディング、

井川町に暮らす架空の「いかわさくら」というキャラクターが井川町を紹介して行くサイト、
いかわさんといっしょ” のビジュアルを担当したことでご縁をいただいた町に対して、
ギャラの一部を子どものために還元するという意味や、
イラストレーションだけじゃなくて、絵を使った喜びをもっと知ってもらえたら、
これからさらに濃密なお付き合いが出来るのではないかと考え、
総合プロデューサーの成田洋一さんに「勝手にゆくよー!」と提案した次第。


結果、行ってよかった〜!な子どもたちとの出会い。
さらには、子どもたちを見守る親御さんたちとの語らいは、
井川町での次のアクションにつなげてゆけたらいいな。

ちなみに、
昨年HPや町を紹介する絵本に使った絵は、
町が買い上げる形で、今後も色々なメディアに載せてゆくことになっています。

その1つ1つのクオリティを、成田さんやボクなど、関わるみんなで見てゆくことで、
町にとって効果的な使われ方を担保してゆこうという作戦。

継続的な街づくりに緩やかに紐ついていられる、絵があるからこその関係性。
他の土地でもやって行けたらいいなと思っています。


しかし、春の秋田はのどかだな〜

井川町では、そののどかな風景を表現するために、
HPに反映させた絵のほとんどは和紙に水彩絵の具で描いたのだけど、
これは、他の土地では違ってくるのだろうなと。

今会っておくべき人いるので、
秋田から岩手県の太平洋沿岸部を目指しました。


新幹線が岩手に入ると、やはり空気が変わる印象。

盛岡では、新幹線から山田線の乗り換え時間があったので、
ちょっと街を歩いてみました。

以前、真冬に歩いた北上川沿いの遊歩道。
対岸に作られたカフェスタンドを利用する人たちの穏やかな姿。

震災直後の緊迫した風景から11年。
この風景もこれからの自分の基本とのひとつとして、
発想を進めてゆこうと思いました。


そして山田線で太平洋岸の宮古まで。

大概はバス移動なんだけど、
10年前の真冬に乗ってからの二度目ましての山田線。


秋田より険しさを感じる景観の中、約100kmの旅。
思うのは、この地に鉄道を轢いた人たちの執念だったり苦労。

が、真冬の時と違い、自然と向き合う喜びもあったんだろうなという気づきの春です。

去年の6月ぶりの宮古の街では、震災直後には想像できなかったデザインに出会いました。


このパン屋、うまそううだな〜!

とか、

ここで何が起きているんだろう?
という楽しい想像とか。


大津波を被害が撮影された旧市庁舎は取り壊され、
インクルーシブな遊具の並ぶ公園になり、子どもたちの歓声がこだましてたり。

震災から10年経って、コンクリートの復興から、
デザインやイラストレーションてものが活躍する復興にシフトしなければと語ってきましたが、
やはり同じ考えの人がいてくれたことがうれしい。

さらに人の救いになるような質の高いデザインを被災エリアに投下してゆくことで、
被災地と呼ばれる土地が、ある意味日本の最先端エリアとなればいいなと思うのだが。

まあ、自分でやれることを重ねてゆくしかないね。


宮古のフィールドワークは、10年前の真冬と同じコースを、やはり徒歩で。


もはや当たり前の風景になった、漁港をグルッと巡る巨大防潮堤。

この「当たり前」からなにか美しきものが見つけられるか?
ともかく歩いて。歩いてい。


海の景観が失われることに対して開けられた窓。
海側から見る風景に「復興とはなんだろう?」とあらためて考える。


景勝地「浄土ヶ浜」に向かう道を逸れ、トレッキングコースへ。

岩手には岩手ならではの光と色彩が演出する美しさがあるね〜

これまでボクは「なぜ人はこんなに厳しい環境の土地で生きようとしたのか?」という想像で、
三陸のリアスの地のことを考えてきたのだけど、
これからは「こんなに豊かな土地を見つけた人の喜び」なんてことも考えてみなくちゃだね!

そして浄土ヶ浜。

10年前は息を止めるようだと思った風景には、ゴールデンウィークの人が溢れ、
自分の凍てつく記憶も、溶けて消えそうな感じさえする。


これからは、朗らかにさえ思えるこんな風景を描くべきなんだろうと思い、
来た道を戻る。

10年前の冬は、持っていたペットボトルのお茶がシャーベットになっていたなあ〜。

来た道を戻ると先ほどの防潮堤のエリア。

震災後の瓦礫の土地を背に見た、漁港を包む柔らかな光が忘れられず、
防潮堤の向こうへ。


ああ、やっぱりこの光だ。

10年前の真冬はもっと違う色をしていたけれど、
この柔らかさ、優しさ。

自然に人が調和して生きているからこその凪な光。

土地の人がきっと「何も無い」と語るであろう風景に向き合い、
ただただ灰色のグラデーションの変化を追い続けた数十分の時。


人が生かされる風景、もしくは色彩って、
こんな風に曖昧で絶えず変化するようなものなんだろう。

そんな10年たっても変わらぬ実感と、
10年分確かになった言語。

まずは絵にしなくちゃだ。


次の日は朝早くから、三陸鉄道北リアス線で大船渡を目指す。


大船渡には、東京の青山のカフェで働いていたSさんが、
地域の力になりたいって、1月からUターンしている。


彼女が語る故郷や家族への愛。

それは、そんな人が1人いるだけで、その地域には希望が生まれるんだろうという想像に繋がり、
今このタイミングで会っておきたかったのです。


実にぼんやりとした日常の場所を、ただただ歩きながら今の心情を交換。

昨年6月に初めて行って歩き倒した大船渡だけど、
それでもぼんやりとしかわからなかった街の魅力ってものが、
ぼんやり散歩で明快なフォルムを見せてくるのだから、
人って面白いなあ〜!


震災直後は受験生だった彼女が、学習机代りに使ったという図書館。

その立派さに、土地の人々が子どもたちに託した未来というものを感じた。

漁業から工場の街へと変わっていった町が、本当に大切にしたもの。
震災もコロナも超えて、ボクの知る限りは彼女ひとりだけど、
帰ってきたんだね〜

そんな「大船渡のおかえりモネ」さんが、もう1人のおかえりモネさんを紹介してくれた。

なにやら迫力ある空間。

人と空間に出会い、即ワルダクミ発令。

この場所で交わした言葉、今人に必要とされる表現についてなど、
間違いなく東京の発想のトラック4分3分周先を走っているはず。

出会ったからには形にしなければ!
ということで、大船渡、またねー!

の前に、盛駅で友人と待ち合わせ。

駅の待合室で、生きること、人との共生、コミュニティ創りなどなど、
2時間語り合った狂気の人々。

愛しすぎるぜ。

Sさん、まずは元気で!

そして気仙沼。


ゴールデンウィークは3年ぶりに人で賑わったと。

ということは、整備された港湾部では震災後初なイメージなのかもね。


ボクが泊まったホテルは、津波被害が激しかったところで、
そんな場所で眠れることに驚きと喜びと、ちょっとの怖さとを感じつつ、
夜の早い気仙沼で、晩飯難民になり、夜の気仙沼を駆けたのでした。


次の日は海産物の販売のされ方をリサーチし、

マグロの競りも眺め。

「マグロ、この一本にかけた」って高笑いの人たちの姿に、
やっぱ漁師最強だぜ!と思い。

唐桑へ。
いつもお世話になっている”家族カフェ” プランタンへ。

しっかし初夏の唐桑も、美しいね〜!

何度か訪れた、太平洋に突き出た細長く小さな半島なんだが、
「ここに住みたい!」と思った人たちの気持ちが、今回一番感じられたかも。

海からの急斜面、そこに点在する集落、それを縫うようにし走る曲がりくねった道、
豊かな木々のシルエットなどなどが構成する構図の向こうに、太平洋。
やませが運んでくる深い海霧が神秘さを演出している。

そして目を足下に転ずると花。

名も無き花が、草刈りのついでに刈り取られることなく咲いている。


大自然に、人の手の入った小さな自然が含まれる優しさ、安心感。


このなんでも無い美しさは、
この土地を愛している人々が守っているからこその景観。


現在「みちのく潮風トレイル」だったり、
宮城オルレ」のコースに選ばれていること、
わかる〜!

なんつーか、歩いているだけで幸せになれる、なんなら健康にもなってしまう。

これまでの「思い出獲得型」のレジャーでは無く、
自分の中での「幸せ自己発電型」レジャーという未来が、ここにはあるなあ〜。

で、あらためてプランタンへ。
https://www.instagram.com/printemps_non.no/


細々と家族で出来ることをやっているって語るノリちゃん。
実はすごいことやっているんだと思うぜ!

ご家族で取り組む精一杯は、
間違いの無い一杯。

土地へも人へも愛を感じる一杯のうどん。

この一杯のために唐桑に行く者はいる。

いや美味かった〜!


自分が商品開発でお手伝いした逸品。

マスターにどうですか?と尋ねると、
「お陰様でけっこう出ました」との笑顔の一言。

自分の手がけた仕事、
それがどんなに小さなものでも、
そこに確かな人間関係があれば、
1200kmの移動も厭わず確認しに行く。

こんな仕事や生き方を学んだ、
東京と地続きの東北という場所。

またね〜!


peace!!

133ヶ月め


今日は2011年3月11日から4,049日、
578週3日、
11年1ヶ月、
133回めの11日です。

11年前の3月11日の大震災発災後目にした「人の命が不当に失われてしまうこと」について、今も考え続けています。

自分が物心ついた頃、ニュースではベトナムで戦争が行われていることを伝えていました。
日本や、1972年5月15日までアメリカの占領下にあった米軍基地から、多くのアメリカ兵がベトナムの戦場に送り込まれ、
日本もこの戦争の最前線基地のような役割をしていました。
1975年4月30日は、南ベトナムの首都サイゴン(元ホーチミン市)が北ベトナムに接収され、ベトナム戦争が終息に向かうのですが、こうしたことはボクの小学生から中学生時代と重なるも、学校では「今何が起きているのか」を教えられることは無く、ただ目にするニュース映像から、「今戦争が行われている」という曖昧な不安を抱えるだけなのが、ボクたちの世代だったのではと想像します。

ただ、ボクの家には報道写真家の石川文洋さんの、ベトナムの戦場や戦時下の庶民を撮影した写真集があり、戦争の不条理さ、出口の無さなんてものを感じることは出来ていたはずです。
(その割に、プラモデルの戦車を作るのが趣味だったり、仮面ライダーが悪い奴らを根こそぎぶっ倒してゆく姿に溜飲を下げたりなのだが、、)

そして、その後も世界では戦争が起き続けます。
もしくは「紛争」という名前に置き換えられたものも無数に起きます。

世界は冷戦という東西の大国間でのチキンレースのような状況にあり、上京し大学に入学したばかりの頃は、出来立ての友人との異性や音楽にまつわる話と共に、「今戦争が起きたら戦場に行くのか?」なんて会話をしてたな〜。(自分は、侵略されたら闘わねばならないだろう。そんなこと言っていたはず。)

それでも「文明国」を語り、国連でも重要なポストにあるような国は、戦争を避けるために尽力するものだと思っていたら、ソ連がアフガニスタンに侵攻し(実際は大学入学前だが)、イギリスはフォークランドで「紛争」を起こし、アメリカは湾岸戦争の当事者になります。

そうしたニュースを耳にし目にする度に、石川文洋さんのカメラの先で起きたことを振り返り、思い出していたボクです。
日本はバブル景気という狂気に踊り続けているのだけど、この瞬間に不当に失われている人の命がある。

そんな居心地の悪さを感じ、ちょっと自分を追い込むような生活もしてしまい長期の入院を経験し、1993年3月には「群馬の実家を火事で失った」なんて先で、1995年1月に阪神・淡路大震災、そして3月に地下鉄サリン事件という、命について真剣に「これまでの価値観をひっくり返しても考えなければならない」事件に、きっと「被害者では無いけれど当事者である」とう認識で向き合ったはずです。

今振り返り、その後自分がやったことは、もしもの際に真剣に語り合える仲間を創ることではなかったかと。
CLUBやCafeで創るイベントの背景には、かならずそうしたテーマを滑り込ませておき、語り合える仲間を可視化させていった。

そして、ニューヨーク2001年9月11日
さらに、新潟の中越地震や福岡の西方沖地震と、共に考え行動する共を得て、それは小さな力でしか無いけれど、愛しき何かを生かすだけの力にはなるアクションが起こせた。

そんなアクションを重ねる中で「人ひとりの命が失われる重大性」というものを心や身体に染み込ませ、思いがけず自分が人の親になることにもなった。

が、2011年3月11日に起きたことは、そうした経験も一気のどこかに流されてしまったように思えた。

この未曾有と呼ばれメディアで共有されまくった悲劇に対し、ボクは圧倒的な当事者となったはずだが、それを語る言葉を持っていないことに気がつきました。
これはまずいぞ!当時1歳だった息子が物心ついた時、せめて自分の言葉として語れるようにしておかなければならないと確信し、北の方に弾け飛んでゆき、それは11年後の今も続いている。


今日は何を書こうか決めずにタイプを始めてしまったら、こんな振り返りになっています。

人は生きているだけで不条理に巻き込まれるものだ。

自然災害が頻発する日本で暮らしていると、そうした刹那な考えが身に染みて、可能な限り人間同士争いは無くさねばという考えに至ると、希望や願いも込めて思います。

しかし、世界のパワーバランスの中では、そんな甘っちょろいこと語っている場合では無く、必要であれば他者に対し不条理な死を与えていいのか?

文明とは100歩譲って戦争を起こすものであるとして、文化とはなんだろう?

今ウクライナで起きていることは、まったく起きるべきことでは無いと強く思う。

が、ウクライナもロシアも心の中では地続きであるという意識は、さらに強く思い、
自分の足元で出来ること、やるべきことを考えねば。

でなければ、3月11日に失われたものに対して申し訳ない。

2022
0411
PEACE!!

フリーランスの契約課題ハッカソン


フリーランスの働き方について考える初の試み「みんなでつながる!フリーランス月間」
4月9日は先週のアイデアソンに続き「フリーランスの契約課題を考えるハッカソン」。

ともかくアイデアを出し合った「アイデアソン」を足場に、それを実行に移すためのテクニカルなアイデアの共有とブラッシュアップを繰り返す、「ハッカー」的作業を「マラソン」的に5時間行う「ハッカソン」です。

日本労働組合総連合会「連合」の主催で、ファシリテーター原 亮さんの見事な司会の元、日本の労働人口の4分の1に当たる、フリーランス(曖昧な雇用という側面がある)の働き方、発注受注の関係の中での契約についてなど、より良いものにするためにはどんなアイデアがあるのか、フリーランスで働く誰もが共有出来るであろう問題解決のための大きなターゲットを設定し、オープンに語り合いアイデアを交換し、問題解決に役立つシステム構築を楽しく行いました。

という作業をする前に実例報告。

先週の声優業界やデザインワークでの実例に続いて、今週は映画業界のギャラのあり方や働き方について、NPO法人「映画業界で働く女性を守る会」のSAORIさんが登壇。

長年小道具をやってこられた方ですが、
映画業界で働く女性は、子どもが産まれると職を離れることがほとんであることから、映画の仕事を子育てしながら出来るものにしたく、NPOを設立されたそうです。

映画製作での働き方は、「準備期間のパート」「現場のパート」に別れていて、作品単位の契約となります。
ギャラは1か月単位の契約で、労働時間の明記は無く、その間働かせ放題。
現場パートでは、撮影の時間帯を決められず、1日の労働時間がわからないまま働く状況。
また、撮影の休み日は準備に充てなければならず、休みにならないとのこと。SAORIさんの経験では、4ヶ月無休であったこともあったそうです。(自分も4年くらい休めてないかも、、)

映画業界で働く方はみなさんフリーランスなので、一般の労働のあり方を知らず、SAORIさんの場合は、お子さんが出来たことで知り合いになった、ママ友との会話で「働くことには休むことも含まれている」ことに気がついたそうです。
(この辺、イラストレーターにも当てはまるよね、、)

忙しく休みの無い状況は、判断力を失ってしまい、たとえば現場のハラスメントなどに対しても鈍感になってしまい、働き方の改善などが発想される余地も無くなってしまう。結果、映画が好きでこの仕事をしているが、映画を観にゆく余裕は無いという、悲しい矛盾が生まれています。

定期的に休みがあることは、仕事を続ける上での安心感になるという実感が語られました。

しかし、こうした仕事の現場で契約書というものを見たことが無い。
がしかし、慣例で縛られる業界の中で声を上げることは難しく、また、労働時間を整えることとで映画の制作費が高騰するという、日本の映画製作の相容れない現状もあります。

現状、
NPO法人「映画業界で働く女性を守る会」に入会すると、フリーランス協会のサービスを半額で受けられると共に、働き方の基準が示されたクレジットカードサイズの会員証が発行されるそうです。


フリーランスで働く人のストレスチェック、いいアイデアだな〜。

こうしたSAORIさんの活動の源泉は「映画が好き」であることであり、何かに抗うというより、「この仕事を良いものにしたい」という願いであることが、素晴らしいと思いました。

で、
ボクからアメリカの映画界の働き方の質問。

・俳優から小道具までギルドがあり、契約した時間が10分でもオーバーすれば対価が支払われる。
・プロデューサーはお金の管理。監督が撮影を2日伸ばしたらクビになることもある。

とのこと。

さらに質問、
日本の映画界では、関わった映画が大ヒットした際に特別報酬はあるか?

・大入袋として関わった映画のDVDが配られた。。
・稀だが、2万円ほど配れれたことがある。

もしくは、
小道具として作ったものが知らぬ間にグッズになっていたことがある。

なるほどなあ〜。。

そして、
先週に引き続きグラフィックデザイナーの西村淳一さん登壇。
お話は先週を踏襲しつつ、著作権や契約、同実制の保持や著作者人格権について、実例を挙げて語ってくれました。
こうしたことは、自分が働くイラストレーター協会がやらないとね。

そしてハッカソンスタート。
オンラインも含めた5つのグループに分かれて、先週出たテーマを参照しつつ、さらなるアイデアのブラッシュアップ。

今回、先週のボクのレポートに触発されたイラストレーター仲間の吉實 恵さんがご参加くださりました。さらに、Yahoo!に勤めながらフリーランスの仕事にも携わるHさんとボクと3人のグループでハッカソン開始。

まず自己紹介。

・名前の仕事
・ハッカソンに期待すること
・今の自身の身体やメンタルの様子

以上を30秒以内で。

これは「一般的」に語られる社会的立場の上下を外す作業だね。

その後各チームのテーマを決める作業。

先週出たのは、
・オンラインやAIを駆使した簡易な契約システム
・フリーランスで働く人に寄り添うAIによる問題共有システム
・オンライン上に約款を置くシステム

自分が参加したチームは、
・フリーランスにとって理想的な働き方を提供した企業に「ありがとう」を伝えるアワード創設。

これは働く者と雇用側とで対抗するでなく、お互い力を合わせて日本の働き方を良くし持続可能な仕事を育ててゆこう!などという壮大な目標に向かってのアイデアでした。

これがけっこうみなさんに刺さったようで、各グループ、テクニカルな契約システムに良き雇用側を讃えるアイデアを盛り込んでいました。

が、ボクたちのグループは、あらためて働く意味から問うことからスタート。3人それぞれが「これまでやってきた中で最高の仕事」「最悪な仕事」を、ボクが良くやる一本の線で表すワークショップで表現。

その仕事の中でと「喜び」と「残念」な成分の分量を1枚の紙に1本の線で描き分ける、誰でも出来る作業。
「最悪な仕事って線引きづらいよね〜」などと皆さんの口からホンネがこぼれる、が、意外や、

「最高の仕事」の中にも「最悪な仕事」の中にも自身が改善すべき問題が、グラフィカルに現れたではないですか。

3人それぞれがその仕事の背景を語り共有した後、我々はフリーランスで働く上での契約の必要を語っていて、それは「良き仕事をするためには、最低限の足場としての契約などが必要だよね」という認識の共有は、先週までに出来ていた。

が、実は、
働くためのモチベーション「私はこの仕事を良きものにしたい」ということ”も”大切だよね。さらには、「良き仕事を次の良き仕事に繋げたい」という足場が見えたように思いました。

そこで今回チームとして目指す風景を、

発注受注の縦関係をフラットにし仕事を持続可能なものにする。

に設定。

そこで、
フリーランス側のポジティブなマインドという足場を確認した上に、仕事の足場としての契約を置けたらいいね。
そんな考えを共有した上で3 人のハッカソンを継続。

シリアスな話を笑顔で交換しながら浮上したのは、フリーランスが働くためのマッチングアプリ「フラッター」

フリーランスが仕事を見つける際、
雇用側がフリーランスを見つける際、

お互いが求めるもの、”ギャラ”や”労働条件”だけでなく、”モチベーション”や”仕事に対する愛”などを入力。

自分にふさわしいと思える仕事が見つかったら、(ここでは1本の線で表現したような人に親和性のあるグラフィックも活用)

・先方の仕事に対する理念の「確認しました」のボックスにチェック


・仕事上のトラブルを避ける約款の「確認しました」のボックスにチェック

で簡易契約が成立したとして仕事相手と繋がる。

その後、ギャラの見積りや請求のフォーム、さらなる詳細契約が可能なフォームなど利用出来る。

そして、
仕事完了後、もしなにか問題が発生したら、
・該当仕事に対し仕事上問題を書き込み送信出来るフォームを置く。

これは、直接クライアントに向かうのでは無く、AIで解析し(この辺まだアイデア足りず)、良き仕事のあり方が可視化されるデーターベースに集積され、オープンソースとし、社会全体で良き働き方を考えるための素材とする。

そして!
年に一度、フリーランスにとって理想的な仕事を創造した企業を「フリーランスにやさしい仕事大賞」として表彰。

表彰された企業に、日本のフリーランスの働き方を良くするためのアイコンとなってもらう。

労働人口の4分の1を占めるフリーランスで働く人が、「あの企業と仕事したい」という意思が可視化されることで、それに続く企業が生まれてくれたらいいな〜

というところまで考え、寸劇を介した発表会へ。

実は、吉實から「もっと受注側の意識を高める必要がある」との指摘があったり、このアプリは高額の契約案件に適しているかの検証は、タイムアップで出来ず。

しかし、審査という立場で講評をくださった皆さんから高く評価頂き、アワード創設に関しては、実際に予算がつくのでは?というところまでやれました。

他のグループが受注側が発注側を格付けするといった一方向の矢印案であったのに対して、発注受注のどちらにも仕事の喜びの矢印が向かう、共生型の社会の実現という大きな風景を描けていたのが良かったのかなと、思いました。

いや、他のグループ提案のテクニカルなアイデアすべてが面白くて、今フリーランスの働き方に真剣に楽しく考える現場が創られたってことに、ものすごい意義を感じたのでありました。

再来週の研修発表会に向けて、来週もさらに分科会があるのだが、
https://jtuc-network-support.com/minfree/#040209_corner
きっと出席しちゃうんだろうな〜

前回はボク1人がフリーランスのイラストレーターとして出席。
しかし、今回は吉實さんご参加ということで、参加者倍増!

興味あるフリーランスの方、お声掛けくださいね〜

 

 

 

フリーランスの契約課題アイデアソン


4月2日に参加した『フリーランスでの働き方や契約』に関するアイデアソンがとても面白かったので、
備忘録。

連合が主催で、紀尾井町戦略研究所株式会社が事務局を務めて運営。
政治的背景の無い場で、フリーランスの働き方についてポジティブなアイデアを導き出す方法に共感。
ボクは、復興庁に出向し震災復興に尽力された方からお誘いを受けての参加です。


ボクは東京イラストレーターズ・ソサエティの副理事長に就いた4年前から、
イラストレーターにまつわる問題解決のディスカッションを密に重ねてきました。
今回、イラストレーターという枠組みから踏み出し、
他業種の方々と『フリーランスで働く』ことについて情報共有とディカッションしたことで、
視界が大きく広がったイメージがあります。

アイデアソンの冒頭、3業種の方から事例報告。


・声優でナレーターの方。

30分番組のアニメーション/1クルー_3ヶ月/13本のアフレコ収録の場合、
声優は毎週、たとえば水曜日の7時間ほどを6ヶ月拘束される。

アニメーション1本で駆け出しの声優のギャラは15,000円に設定されていている。
作品が再放送されると×1.8の計算で27,000円が支払われる。

毎年個人ランクの更新があり、1,000円刻みでアップされるが、
ほとんどの声優が18,000円ほどで上げ止まりになる。
さらに、現場では「18,000 円は高い」と言われてしまう。

主役級の声優は、毎回アフレコの仕事があるが、
脇役は13本のうち数本だけの場合が多く、
ひとつのアニメーションの仕事でギャラは10万円ほどにしかならない。

こうしたことは日本俳優連合が過去に規定にしたもので、
個人事業主である声優がクライアントと契約書を交わすことは無い。

これらの発言は記事になっています。
https://www.j-cast.com/2022/03/02432205.html?p=all

声優さんは雇用不安で問題提起出来ない。
飲み会レベルでは愚痴は出るが…
このシステムに異を唱えた声優さんがいたが干されてしまったこともある。

声優さんは、ヒット作周辺のプロモーションや歌唱で稼ぐことは出来る。
それに惹きつけられ人気職業の上位にも上がる声優だが、
その華やかな風景で見えなくなっている働き方というものがある。


・デザイナーさんが経験した無断転用と裁判の話。

勤務7年、フリー3年、法人化11年。デザイナー団体には未参加。
グラフやマップ作成を得意とされるデザイナーさんのフリーランス時代。

ある本に提供した大量のデザイン、その1点1点の単価は安いが、
それをそのまま別の本に、色や細部を変えただけで無断で使われてしまった件。

これまで10年ほど付き合いのあった出版社との慣例で、
契約を交わすことなく進めた仕事でのトラブルということで、弁護士に相談。

訴訟では記憶や請求書、メールなどを検証。
二次仕様に関する取り決めが無いことを確認。

これらにより裁判で勝利できた。

=解決方法=

意思表示=文章を残す

有利な契約を結ぶ

慎重にメールを送る

正確な見積と請求書の作成

特にメールは記録として残る可能性があるので大切にする。

そもそも、こうした契約を結ぶ慣例が無いこと。
ギャラ交渉や契約書を交わすし辛い空気があることに問題を感じる。

・オンラインマッチングプラットフォームの提供するキッズラインの法務担当者。

保育、家事代行、家庭教師のサポート会社で、ユーザー数、195,000人

ユーザー(保育など受ける人 ) と サポーター(保育などを提供する人) の間の契約代行。
決算はそれぞれ手数料10%(ユーザーの短期契約は20%)

これらの契約はオンライン上のプラットフォームで簡潔に行うことが出来る。

また、
トラブルが発生した際の詳細な解決法(違約金の発生など)を提示、トラブルの即時解決に務める。

目的が、フリーランスの人が安全に働けること、
ユーザーが安心してサービスを受けられることと、明快である。

++

以上の事例を報告を受けた後、少人数グループに分かれての
『フリーランスの働き方は契約に関するアイデアソン』スタート。

ボクは、前出のデザイナーさん、ウエッブデザイナーさん(ウーバー経験者)、画家(イラストレーションの依頼も受ける)のお三方とブレスト。

○アイデアソンを簡単に説明。

・間違っていてもいいから思いつくアイデアを出せるだけ出す。

・その中から優先されるものを選び、それに対してさらにアイデアを出し合う。

・持論に固執することなく、相手の言い負かすことを目的にしない。

・完成形の答えを求めず、しかし、みんなで向かってゆける問題解決のターゲットを共有する。

これは自分がずっと続けてきた現場の作り方で、イラストレーターズ協会には徐々に投下中。

イラストレーターの人数だけある働き方の問題を解決するために、
持論を通す決定方法は多様性に対応できず。
まずは個人事業主であるイラストレーター1人ひとりが並列で置かれた場所で、
それぞれの問題がオープンいシェアされる状況を作らねば、だな〜。

逆説的な話になるけど、オープンな意見交換を目指したミーティングの後、
参加者から個別に意見メールを受けることがあるけど、
それが解に繋がることは無いのだよね。

で、自分が参加したチームは、

『フリーランスの仕事と契約のあり方の矛盾の解消』みたいテーマを選択。

ファシリテーターの原 亮さんのミーティングの「設計」と「進行」が素晴らしく、
参加者みなさんオープンに言葉を発し、仕事の契約上の大量の問題を一気に共有出来ました。

その中でみなさんが一番うなずた印象の「ギャラや契約について語りづらい状況がある」
ということに対し、解決に至るアイデアをさらに出し合いました。

結果、

『未来の理想的な仕事のあり方』などというワードが飛び出し、

・「発注」「受注」が縦関係に見えるのを、なんとか同じフィールドに並列させて置く。

・「報酬」は「対価」であるという考えの周知。

などという必要が語られる。

が、
そういうことこそ「仕事をくれる」人に言いづらいなあ~~、、

ならば発想は飛躍。

業種を超えたフリーランスが集い問題共有出来るプラットフォームを構築し、
「フリーランスから見た理想の仕事」をフリーランスが褒める
『こんな仕事創ってくれてありがとう!大賞』を創設。

年1でクライアントやその仕事にまつわる人たちを表彰するとともに、
毎年フリーランスの仕事のあり方を検証する機会にする。

パワーワードとしては、

『フリーランスが向上させる企業イメージ』なんて壮大なところまで行き着きました。

目指すのは、フリーランスで働く者とクライアントと1案件の関係性で終わるで無く、
「その仕事を持続可能なものとすること」も作業に内包させたパートナーとして、
未来方向に共に走ってゆくこと。

そんな仕事のあり方が構築出来たら、お互い契約の話をするのも当たり前になるだろう。
実現には時間かかるかもしれないけど、実現したらいいな。

ちなみに、
連合はウエッブ上で展開しているフリーランスの問題解決プラットフォーム
Wor-Q (ワーク)を展開していますのでのぞいてみてください。
https://jtuc-network-support.com

で、他の3チームは、

・契約の前に約款を置くことで、小額のギャランティの仕事の権利を守る。

「約款」とは、たとえばホテルに泊まる時もオンラインでなにか購入する際も、
問題が起きた場合の解決の基準となるルール。

こうしたものを、オンライン上で「使えるもの」にするアイデア。


・フリーランスで働く人の諸問題に対し、AIを活用した問題解決を図るスステム構築。

これは若い学生さんグループが提案。若くてキレッキレのみな、楽しみだ~

・契約のカジュアル化。

紙やハンコを使わず、オンライン上で素早くアプローチ出来、管理はAIが行う。

こうしたことのいくつかは東京イラストレーターズ・ソサエティでも実装をするべきではないかと。

今後もこの企画は今後「ハッカソン」「とりまとめのミーティング」「発表会」と続くので、
自分も責任ある立場として脳みそ揉みほぐしに出来るだけ参加してみるつもり。

こんな取り組みを重ね、みんなの働く足場を固めた上で、
みんな自由でクリエイティブなかっちょ良い生き方出来たらいいよね〜!

ともかく、フリーランスの働き方に対しこんな動きが生まれてきたのは、良かった。
実は30年前にやっておくべきことだとうイメージなのだが、、

ガオー!ムサシノジュラシック大作戦


ガオー! ムサシノジュラシック
小池アミイゴと子どもたちのコラボ展
オンラインワークショップから誕生した246点の作品が集まりました!

◆期間:2022年3月3日(木)~3月29日(火)
◆会場:武蔵野市立吉祥寺美術館 ロビー
 及び「浜口陽三記念室」「萩原英雄記念室」
*ロビーのみの観覧:無料
*記念室入館:100円(小学生以下・65歳以上・障がい者の方は無料)

2021年初夏に「井の頭恩賜公園の井の頭池から、恐竜の骨がみつかった」という架空の設定で作品を公募した子ども向けワークショップ「ムサシノサウルス発見! 恐竜の絵を描こう!」に集まった834頭のなかから1頭をチョイスさせていただき「ハジメサウルス」と名付け、それをキービジュアルとしてを、ムサシノサウルスの住む世界を心も体も振り切った絵具遊びの場を設け、展覧会を開催!

するつもりが、
オミクロン怪獣大暴れで、zoomを使ったオンラインワークショップに変更、、

が!
それがもの凄く可能性を感じる試みとなり、
また、スゲー作品もガッツリ生まれてしまい、
吉祥寺美術館のロビーを、そして展示室をジュラシックワールドに変えてしまったのです。


このオンラインワークショップは、後ほどキチンと検証してゆきたいなと思っていますが、
まずは、2月26、27日のメインワークショップに参加のみんな、
そしてみんなセーノでデカイ絵を描いてくれた「まちの保育園」の4歳クラスのみんな、
さらに、6~7施設を繋ぎ開催となった支援施設「ふれあい武蔵野」を利用するみんな、
オメーらマジでやべえヤツらで、サイコーだったぜ!!

ほんとみんな凄いから、
集まった246点の作品、ぶっ倒れるくらい気合い入れてカッコよく展示したので、
ぜひ見に来てくださいね〜!

鬱っとした社会に風穴空けるパワーを、
実はみんな1人ひとりが持ってることに気が付ける、
めちゃくちゃ気持ち良い現場だと思うぜ!


132ヶ月め


今日は2011年3月11日から4,018日め、
574週
11年
132回目の11日です。

77年前に東京大空襲があった3月10日。
2022年の今はウクライナで戦争が行われていて、
引き続きコロナ禍ではあるけれど、

2018年から始まった、
渋谷区立富谷小学校に通う生徒と、子どもたちの親と、
学校と、街の人とが、力を出し合い助け合い描く、
代々木八幡ガード下壁画プロジェクト「とみがやモデル」の
一応のフィニッシュの作業を、
2022年の春に卒業する6年生との制作を行いました。


これまでに重ねてセッションは5回。

最後は2年前のコロナ蔓延が深刻化した3月。

この年の卒業生で完成させるイメージでやってきて、
しかし、子どもたちの作業は中止。

それまで子供達がのびのびと、しかしラフに描いたものが宙ぶらりんになっているのがかわいそうで、
大人のボランティアを集めて、子どもたちの描いた22メートル2面の壁面に額縁を与えるようなペイントを施しておきました。

そして2年後の3月10日。

それまでカラフルであったペイントに、
街で暮らす人たちのリズムに合った大らかなタッチを与えよう!
色彩で言えば、色んな色が混じり合ったグレーな壁にしよう!
そして、描かれる絵からなるべく意味を削り落とし、
この壁の前を歩く人にこそ意味があるような壁を目指そう!

そんなことを小学6年生に投げかけてみたら、

すごい壁面が生まれました。


ボクはこの壁画のコンセプトを、
被災した太平洋沿岸部を歩くことで得たはずです。

意味があるとすれば、人の命が不当に失われること無く、
ただそこにあること。

自分の作るものは、そうした人に対して出しゃばること無く、

ただその生を称え、意味もなく美しく存在する、

なにか得体の知れぬ力を宿したもの。

主役は人であり続ければよく、
そのためのより良い手段が見つけられるなら、自分の表現を引っ込めてもいいやって。

自分の子供が産まれ、
1年後に震災が起きて、
自分に何が出来るのかを考え続け、
ひとつは東北に足を向け、
ひとつは今暮らす街で生きることを考え、
自然と地域や学校でやれることにアプローチしていったら、
代々木八幡のガード下の22メートル×2面の壁面に、
子供たちと絵を描く必然にたどり着いた。

関わってくれた何人もの顔が思い浮かぶ壁は、
ここに色を落としていってくれた子供たちが、
将来何か困難に向き合うことがあっても、
12歳の春の日の大きな壁に思いっきり向かってゆけた記憶が、
困難の壁を乗り越える力になるものと信じているし、
自分の命が続く限り、12歳のその後を見守ってゆく約束の壁なんだと考えます。

そして、
東京都渋谷区富ヶ谷の代々木八幡周辺で出来たことは、
他の場所でも出来ることです。

そのため、この壁の名前は『作品名』では無く、
『この壁画作成に関わった人たちはオープンに語り合い最善の喜びを共有出来た』という願いを込めて、
「#とみがやモデル」と名付けました。

ある街に子どもたちが言葉の意味を超えた気持ち良さで描いた絵がある。

街の人は意味無き何か美しきものを前に、心を開き、語るべき言葉を目の前のひとりに手渡す。

自分の思う「復興」のひとつの雛形を、渋谷ローカルで形にしてありますので、
余裕があれば見にこられてみてください。

最後に、

小学6年生だって、きっちりオープンにコミュニケートしたら、
こんな感動の絵のタッチで返事をしてくれる。

そんな人の生む1つのタッチが、いとも簡単に無きものにされてしまうのが、
津波や震災というものであり、戦争というものなんだと、

あれから11年の3月11日に考えています。

そんなことを考え、ちょっと一休みしようと、近所のパン屋、ルヴァンのカフェ”ルシャレ”に入ると、
ここの壁も熱かった。

日本の天然酵母パンのトップランナーの店の壁に掲げられていた言葉、
「パンは目的ではない、手段である」

うん。

「イラストレーションは目的ではない、手段である」

よっし!
いい街に生かされているぜ、俺。

「台湾客家スケッチブック」

2022年2月24日、日本と台湾で同時発表になります。

日本ではKADOKAWAより単行本とKindle版 共に 税込1760円。

  • 発売日 ‏ : ‎ 2022/2/24
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 144ページ_全ページカラー
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4041121272
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4041121276
  • 寸法 ‏ : ‎ 15.3 x 1.3 x 20 cm

2019年夏、3週間をかけて巡った台湾の台三線エリア。
そこは台湾の人口の20パーセン弱を占める民族、客家( hakka)が暮らす土地です。

企画運営は台湾政府に置かれた客家委員会。

客家とは中国大陸の戦乱を逃れ、旅するようにして暮らしてきた民族で、
台湾へは明朝末期から清朝初期に次々と入植してきたそうです。
もともと山間を好む傾向にあったようですが、
台湾では、客家入植以前に台湾に暮らしていた原住民族と漢民族に挟まれ、
山間のエリアに細く長くその居住エリアが伸びてゆき、
その居住エリアを貫く国道3号線が”台三線”ということです。

時代と共にその民族意識が薄まってしまっていることが危惧され、
199年頃から客家のアイデンティティを取り戻すような運動か起こります。

そして今、
客家の文化を外から見たことを言語化しビジュアルに落とし込み、
時代に即した新たなアイデンティティを確立させるため、
ボクのようなものが招聘されたようです。

そんな旅でボクが出会ったのは、
今の時代を生きる上で必要とされるであろう、古くて最新の客家の文化。
なにより、ボクのような者を心から受け入れてくれる人々のマインド。

それはボクの人生の中でも格別の出会いの経験であり、
旅を終えた後、どのようにアウトプットしていったら良いのか、
大切な経験を汚すことの無いよう、とても慎重に考えていました。

2021年の年明け前後に、台湾でボクの台三線旅に関するコンペが行われたようで、
春にはKADOKAWAとのご縁をいただき、強力なプロジェクトチームとタッグを組む形で、
1冊の本作りが始まりました。

個人的に描いた280枚のスケッチと30点ほどの水彩画からビジュアルを厳選し、
2万文字ほどのエッセイを添えたこの一冊は、以下の方々のご尽力の賜物でもあります。

構成と客家文化詳細説明に関する執筆を頂いた”The 台湾通” の三枝克之さん。
娘さんの三枝真魚さんにも同様の執筆を頂いております。

編集統括の高尾真知子さん、豊田たみさん。

渉外で奮闘くださった郡司珠子さん、胡心語さん。

美しく真摯なデザインを与えてくれたSunui の片平晴奈さん、岩渕恵子さん。

そして、台湾側の台湾KADOKAWAや電通台湾のスタッフのみなさん。

ボクが客家の皆さんから受け取った熱いものを、
真正面で受け取ってくださった皆さん、ほんとありがとうございました!

そして、台湾政府の客家委員会の皆さん。
ボクの台三線の旅を楽しんでくださり、ボクの表現を尊重してくださり、
ボクが台湾の茶畑で見た一輪の雑草の花の美しさまで共有くださったこと、
有難く思うばかりです。
 (旅の間毎日InstagramとFacebookで発信することをお願いされ、
 客家委員会の方々はそれを見るのを楽しんでくれていたようです。
 今回そのインスタのポストを #台湾客家スケッチブック でまとめたので、
 お時間ある時にでも覗かれてみてください。)
https://bit.ly/3oZ03i4

なにより、
この旅をアテンドくださったミリーさん。
5人のお子さんをに愛を注ぐのと同様、この旅にも並並ならぬ情熱を注いでくださり、
ある意味「この本はあなたのものです」と語りたいくらいのものをいただきました。

残念ながら1冊の本のカタチで3週間の旅の感動すべてを語ることは出来ません。
しかし、
まずは拙い言葉と絵でありますが、ボクから台湾客家へのラブレターのような一冊、
美しく仕上がってまいりました、よっ!

客家委員会からの熱い希望で、
本誌カバーには台湾客家のアイデンティとも言える油桐花(ユートンファー)を描きました。

いつものようにイーゼルに板を乗せて、フリーハンドで描いていった油桐花。
それは描いたというより、客家の人々に描かせてもらったと言える、
自分の創作の中でも特別な美しきものになったと思います。

観光案内としては力不足なボクの文章や絵ですが、
もしかしたら、日本での暮らしに息苦しさを感じている人には、
新鮮な空気を送ることが出来る本になったのではないかと。

これを必要とする人、1人ひとりに手渡してゆこうと思う本であります。

ということでまずは2月23日~28日。
うちから一番近いお店、天然酵母パンのルヴァンのカフェルシャレで小さな原画展開催。
28日は昼過ぎから18時くらいまで1日本屋として、この本の販売をいたしますよ〜。