123ヶ月め


今日は2011年3月11日から3,745日
535週
10年3ヶ月
123回めの11日です。

6月2日、福島県の郡山市の”みどり書房”さんから頂いた絵本の原画展のご縁に答え、
PCR検査陰性を確認した上で、設営に向かいました。

初めて展覧会を開催するという書店のみなさんとボクとで、
現場作りのスキルアップをするってことに意味を感じたので、
ともかく現場へ。

その後、仕事でご縁をいただいている医療法人社団進興会さんの、
宮城県仙台市にある”せんだい総合健診クリニック”で、人生初人間ドックを受診。

ならばと、連載をしている旅のエッセイの取材をしようと、
4年半ぶりの気仙沼の唐桑へ。

いつもは東北新幹線で一関乗り換え大船渡線向かう気仙沼ですが、
今回は復興道路と呼ばれる高速道路、
三陸道の仙台-気仙沼間が開通しているとのことで、
高速バスを利用してみました。

利用した印象は「気仙沼は近くなったなあ〜」です。

震災後知り合った友人たちと久々の再会を果たし、
会話のほとんどを占める他愛も無い話で笑い、
しかし、会話の中に絶えず挟み込まれる「震災から10年のリアル」に頷き、
コロナはほんと大変だよねと、慰め合う。

あれから10年の気仙沼を歩き、みんなの今を確認。

10年頑張ってきて、「よし!」と思い踏み出せたタイミングで、
コロナで足踏みを余儀無くされる苦しさ。
ボクは無力な存在ですが、まずは共有したので、
今後はアイデアを交換してゆきましょう!

そこからさらに陸前高田、大船渡と北上。


陸前高田では、東日本大震災津波伝承館へ。
この国の作った施設と、たとえば、気仙沼市が運営する東日本大震災遺構・伝承館との、
存在意義の微妙な違いを肌で感じつつも、
あれから10年の今、心はまだ静けさと共に祈る気持ちで支配されるのだなあと思い知る。

初めましての土地大船渡は、
東京で知り合った大船渡育ちの女性の、大船渡への愛と喪失の言葉を頼りに、
ともかく自分の足で歩いてみることをしてみました。

中学生の春、彼女が心に刻んだものは、消えてしまようものでは無く、
今もその時で止まっていることばかりでもあろうけれど、
だからこそ救えるもの、生かすことの出来ることはあるんだろうと、

未だ復興の石鎚が鳴り響くリアスの街を包む、
懐の深い美しき自然が与えてくれる優しさと強さから直感しました。

小笠原満男さんが中心となり尽力し造ったサッカーグラウンドにも出会えた。
なるほど「誰が造った」なんて言葉はどこにも書かれていない、美しいグラウンド。
俺の満男、紛れもなくいい漢です。


そして宮古。
なんども利用している三陸鉄道も、南リアス線は初めて。

2年ぶりの宮古駅を降り立つと、
懐かしいという気持ち以上に、なんだが元気そうに見えるぞ!という、
震災直後では感じられなかった”華やかさ”なんてものを感じました。

それでも、いつも立ち寄る食堂は、ゴリゴリのコロナ対策での営業で、
10年頑張ってきて、今回のコロナは、やはり厳しいのだろうなと思うばかり。

旅の最後の目的は井戸。

岩手県沿岸部のすべての町から映画館が消えてしまったことを受けて立ち上がった、
古い酒蔵を利用し、映画を上映し、地域コミュニティの核を創ろうとするプロジェクト、
シネマ・デ・アエルのコアメンバーが新たに企画した、
「街に”井戸端”を復活させよう!」というクラウドファンディングを利用し達成したプロジェクト。
その井戸を見ることです。

この日偶然にもプロジェクトの代表の有坂さんに会うことが出来て、
こうしたプロジェクトの意義なんてものをあれこれ聞かせてもらえました。

そこで語られることのほとんど全てには「対話と共有」という原則が通底しています。

この「対話と共有」は、この旅を通して聞こえてきて、ボクも繰り返し使った言葉でした。

議論以前に対話。
決定の前に共有。

人間の力の及ばの震災というものを経験し、
社会での経験値や職業、もしくは政治信条なんてものも違う人たちすべての命が尊重され、
新たな社会を創ってゆかねばならない。

そんな状況に直面し、最適解を求め続けた東北の人たちは、
幼い発想で開催されるオリンピックでどうにかなってしまっている東京より、
確実に10年先の未来を生きていると思えた今回です。

たとえば、
・巨大防潮堤が造られる。
・砂浜が失われるのは身を切られるような思いだ。
・ならば、防潮堤のデザインを砂浜が失われるものに変えよう。

対話と共有をサボることなく重ねた結果、
ボクのようなものから見たら、なんて美しい風景なんだと思えるビーチが生まれた。

気仙沼の大谷海岸は”おもてなし”のTOKYOが本来目指すべき未来だと思いました。

あらためて、
復興とは元に形に戻すのでは無く、
みんなが願う未来を創造することなのではないかと。

それは、あの日から10年の今から始められることも多いぞ!と思った今回。

復興のお金が土木にばかり流れることに違和感を感じるも、
三陸を貫く高速道路には確かな意義を見つける。
ならばこれをどう使っていったら良いのかを考える余地を、
東北の人は握っているように見えました。

そんなちょっと未来の東北では、
イラストレーションやデザインがもっと必要とされるし、
そんな必然に答えられるものを作らなくちゃと思ったのです。

そんな話の続きは、9月ごろ絵と一緒にまとめてみますね〜

福島県郡山で『小池アミイゴ絵本の原画と花の絵の展覧会』


『小池アミイゴ 絵本の原画と花の絵の展覧会』
2021年6月3日(木)~7月4日(日)

みどり書房TSUTAYA桑野店内(エクセルシオールカフェ前スペース)
OPEN_9:00-24:00
福島県郡山市下亀田16-16 ・TEL:024-939-0047

3年前にリリースした絵本「うーこのてがみ」を熱烈に愛してくださる、
福島県郡山の書店、みどり書房さんからご縁をいただき、
絵本の原画展と花の絵、そして福島の風景を描いた絵なども混ぜた展示を行っています。

会場には段ボール屋さんがこしらえてくれた”うーこ郵便局ポスト“が置かれています。
絵本「うーこのてがみ」をご購入の方が、
お名前と連絡先を書いた手紙をこのポストに投函してくれたら、
ボクのサイン入りポストカードが届く、
そんなうれしいワルダクミを考えてくれました。

みどり書房さんのインスタでは、ボクが熱く語っているIGTV配信開始。
https://www.instagram.com/midorisyobou_ehonnomori/

コロナ禍でも何か出来ないかと願う、現場の皆さんの「必死」に答えてますよ〜。

さらに、
出版社から著作権の確認をしてくれた上で、
ボクの絵本の読み語りも随時配信してくれます。

アミイゴさんの『読み語り』動画配信スケジュール/著作権許諾済み
①『とうだい』作・斉藤倫 絵・小池アミイゴ 福音館書店
6月12日(土)12時〜0時

②『水曜日郵便局うーこのてがみ』 小池アミイゴ 角川書店
6月19日(土)12時〜0時

③『はるのひ』小池アミイゴ 徳間書店
6月26(土)12時〜0時

①②③→3冊post
7月3日(土)12時〜0時

*読み語りは記載の時間限定での配信になります。

TUTAYAと提携した大きな書店 みどり書房ですが、
その創業からの物語を、先代の会長さんからうかがうと、
なるほど!志を貫き今を生き残る熱い思いが伝わってきます。

今は、さらに未来を見据えて、
絵本がズラッと並ぶ綺麗な本棚を併設させたパン屋を開業。

地域の文化と食の起点となるべく奮闘されています。

そんな場所で絵本の原画展を開催させていただけること、
とても有り難いことであり、今後もこのご縁を深めて行けたらと願っております。

122ヶ月め


今日は2011年3月11日から3,714日
530週4日
10年2ヶ月
122回めの11日です。

コロナの感染状況が好転しない今、
ボクの身の回りからは「自衛」「工夫」「我慢」「撤退」などなど、
なんとかこの状況から生き延びようとする声が聞こえてきます。

また、被災地と呼ばれるエリアの、
飲食店を営む多くの友人の苦しむ声が聞こえてきます。

被災エリアの自然の豊かさは、生活の多様性を生み、
漁業と農業と工業と商業が混在するような社会構造だったり、
人口密集エリアと過疎のエリアとの生活様式の違いだったりで、
行政による一律の支援のあり方では、
その網の目から振り落とされてしまうことがあるようです。

もちろん行政も精一杯の施策を進めているはずですが、
個人としては、自身の無力を認識しながらも、
友の声に耳を澄ませるひとりであり続けなければと考えています。

そして、コロナ以降の社会を想像し、
やれることがあれば共に進めてゆこうと考えています。

かつて「復興オリンピック」と呼ばれた TOKYO 2020 は、
「コロナに打ち勝った証」と呼び名を変えられています。

「復興ってなんだろう?」
そんなことを被災エリアの友人たちと今も語り合い続けているのに、
「復興」もなんだか「消費」するものに思えてしまったことが、
なんだかとても悲しいです。

オリンピックには期待することもあり、
当初の「コンパクトな都市型オリンピック」という考えには賛同もしていたのだが、

コロナ以前に、猛暑の真夏の東京で開催ってのは、
無理しか感じられないんだよな〜。

多くの競技で、その最高峰の演技やゲームが、
各種競技団体が主催するワールドカップやツアー大会に集約される今、

オリンピック開催の意義とは、
アスリートだけでなく、観客や開催自治体の住民も主役であるということなんだろうと。

「復興」を語ったTOKYO 2020 には、
そうした人の顔が見えていたのだろうか?

「無観客」も検討されている今、
誰のためのオリンピックであるのか、
一瞬でもいいから歩みを止め、語り合うようなことがなぜ出来なかったのか。
とても残念でなりません。

5月に開催予定だった、子どもたちや障害も持った人とのワークショップが、
軒並み中止になってしまった今。

「自粛」という体言止めで語られていることの背景に、
真の責任者の顔は見えず。

言葉が足りぬのであれば、語り合えば良いではないかと思うも、
対話の糸口は見えず。

繰り返しになるけれど、
もちろん行政も精一杯の施策を進めているはずですが、
それでも、
「復興」や「自粛」を語り伝えるための、
より言葉にセンシティブな人材が現場にはいないように感じてしまうことが、
残念だなあ。。

震災の直後、
カオスのような状況の中からでも、
確かな人の声は聞こえてきた。

あの確かさが今生かされていないことが、
ただただ残念であるだけでなく、

確かのことを語る以前で、
反論やクレームを抑えるために駆使される莫大な文字列に出会うばかりの今に、
ただただ息苦しさを感じてしまうのです。

それでも、10年かけて築いてきた人との関係性を、
さらに風通しよく語り合える環境を育ててゆく。
自分がやるべきことは明快です。 

しょうわの子だま

ふくしま藝術計画 “わたしの好きな昭和”
アトリエしょうわのこども ~しょうわの子だま


2019年2月と20年2月、
福島県の奥会津、大沼郡の昭和村の子どもたちと、
放課後の時間を使ったアートプロジェクトを行いました。

 

2019年
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=13989
2020年
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14282
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14336

2021年もやりたいね〜という声があがるも、
COVID-19の感染拡大、特に後期高齢化が進む人口1,200名のほどの村に、
むやみやたらに近づくことは出来ません。

それでも、
それだからこそ、
子どもたちが社会と触れることの出来る窓を開けなくちゃって、
手紙を往復させて絵を描いていったら面白いだろうって、
アートの往復手紙”しょうわの子だま”を発想しました。

システムはごくシンプル。

子どもたちがあるルールに沿って絵を描き、
ボクに郵送。

そこにあるルールに沿った加筆を行い、
次のルールを添えて描いた子どもに返送する。

加筆されて戻ってきた絵を受け取った子どもは、
次のルールに沿ってさらに加筆をして、
きっと完成!


以下実際に。

手紙を使った絵を描く企画に参加表明してくれたのは、
昭和村の小学校に通う1年生から6年生まで17名の子どもたち。

彼らの元にボクから、
A4の画用紙とどんな絵を描けば良いのかの指令書が届く。

昭和村の子どもたちが指令通り絵を描き、
ボクに送り返してくる。

たとえば〜

こんなかわいこちゃんな絵がボクに届く。

これに加筆して、この絵を描いた子に絵を送り返す。

のだが、

実は、これに加筆するのは、ボクでは無く、
ボクが指名した日本全国に散らばる17組の”子だま隊”なのだー!

で、この絵に関しては、
ボクの元から次の指令を携え同じ福島県の福島市へ。


福島市からご参加は、
ボクの子どもワークショップを企画してくれたお母さんと小学3年生女子。

めちゃくちゃオープンマインドな母娘さんの加筆が、
これ。


で、
これがまたボクの元に届けられるのだが、
封筒を開けて見て、しばらく心がフリーズ。
もはや事件です。

で、こんなん昭和村の小学生に送り返して良いのか?
もろもろ心配ではあるが、
新たな指令書を添えて、えい!っと送付。


で、
昭和村の子どもにさらに加筆され完成。



うーーーん、
なにやら時代をぶっちぎった作品に仕上がったぜい。

どっかの美術館、収蔵せんかのう。

で!
実は、同様のことを”子だま隊”発信でも行っていたのでした〜

たとえば、

子だま隊さんへ、
四角いまどを線でかいてください。


これは茨城県の食文化を広めようと頑張っている藤田愛さん。
ボクが小山薫堂さんと行った仕事にスタッフとして参加していて、
現場にオープンな空気を送り続ける姿と表現のセンスの良さに感心し、
今はフリーランスで活躍しているところをスカウトした人。

ちなみに、
普段まったく絵を描いていないそうです。

これがボクを経由し、新たな指令とともに昭和村の子どもへ。

四角の中にまどから見える ふうけいを かこう。
すんでるばしょを、おもいっきりじまんしてよ〜


それに対して昭和村の子どもがが描いたのは、

「ああ、子どもの絵っていいね〜」って言われるやつ。
うん、ほんと素敵。
(こちらのスキャンは昭和村で行なってもらっていて、
色が違っちゃうのは「コロナのせい!」と叫んでおきますね〜)


で、
これがまたボクを経由して藤田さんのもとへ。

窓の外のふうけいを みてね。
そして、
まどのまわりに すきないろをぬって、
たのしいへやに しょましょう!

そしたら藤田さん。

じゃん!

かっわええの〜。。

まともに絵を学んでいたら、
こんなん絶対に描けない!

で、
“昭和村”発信と “子だま隊”発信、
それぞれ3つの指令がボクの家で交差する。

シンプルなんだけど、
割と混乱する作業です。

が、
そこにさらに2つの指令を発動。


鬼滅の刃が流行っている2021だからね〜、
鬼を描いてみたいよねー!
という、みんなの叔父心みたいなものね。

で、たとえば、


これは、大分県杵築市山香町の森に暮らすカナタさんの「きもちいいー」
うーん、
カナタさん、3歳だったっけかな。
もしやお母さんのマイカさんの手も入っているか?

マイカさんは、アイリッシュミュージックなどを奏でるフィドル(ヴァイオリン)奏者でもあります。

これをボク経由で、さらに指令書をつけて昭和村の子どもへ。


昭和の子どもの「子だまオニ」はどんなかな〜?


じゃん!
かわいいオニだね〜。

が、これを描いた昭和村の男の子は、
最初の指令に白紙を送りつけてきた子だったのだーー。

んが、
今回は「やるね〜!」だし、
もしかしたら初回の白紙も「やるねー!」なのか!?と、
自問する俺。

次なる指令と共に、昭和の鬼を大分に送付っ。

ヤギカナタさんとお母さんのマイカさん。
森の中の一軒家でお子さんを寝かしつけるような色彩で、
昭和の鬼を包んでくれました〜。


そんなこんなで、
1)「おーい!」「はーい!」セッション
2)「わたしの顔」セッション
3)「あなたの部屋の窓」セッション
4)「昭和の鬼」セッション
5)「お皿の上のおもてなし」セッション

以上、
それぞれ17人×2チーム、双方向からの発信で6往復。

ボクの手元でのシャッフルは郵送の作業、
かなり数学脳を酷使させちゃいました。

で、
ともかく今は手元に大量の絵があります。

この企画は福島県が主催で、
福島藝術計画_アートによる新生ふくしま交流事業
「アートで広げるみんなの元気プロジェクト 2020」として、
記録集の作成を行いました。

ただ、手紙を使った企画だから、ポストカード作ろうと、
12枚組セットを作成し。
企画の細かいところは、A3のポスター2枚に記載。
なかなかなかなか迫力満点な”記録集”が生まれましたよ〜


だが、
掲載出来ない絵がドーカーンと手元にあって、
これをブログで全部説明するのは大変。

あと、昭和の小学生の個人情報ってことも注意しなくちゃならず、
う〜〜〜む、
ほんと、1人ひとりおもしろいヤツらだし、
作品もどれも面白いのだが〜〜、、

これどうしましょう?


なんとかみんなに見てもらえるよう、
引き続きワルダクミますね〜〜〜〜。。

その前に、
とりあえずポストカードにした絵をご紹介。

三重県四日市のメリーゴーランドの”あそびじゅつ”チームの誰かと、
昭和村の天才6年生Tくんのコラボ。

 

シンガーソングライターのルンヒャンと、
昭和村、意外や男子くんとのコラボ。

はんこアーティストのあまのさくやさんと、
昭和村女子Kさんのコラボ。

ボクの池袋セッションに参加していた桜庭さんと、
昭和村キレッキレ小学女子のIさん。

前出、大分のカナタさんと、
昭和村の、なるほど〜、彼か。
大量に送りつけてくるメリーゴーランドからの子だますべてに、
丁寧に答えてくれた昭和女子Rちゃん。
塩釜のビルドフルーガスや杉村惇美術館を運営するキュレーター高田彩さんに、
うす〜い表現を送りつけた、なるほどキミか、Aくんか。
池袋セッションチームで写真家の岡本みどりさんと、
昭和村おにいちゃん格のSくん。
やはり池袋チームでWebディレクターもやってるエンブーさんと、
あ、これもIちゃんだったんだ。
宮城県気仙沼唐桑でカフェ運営と子育てに奮闘小山のりちゃんと息子さんのハルくんに、
なにも描いてない紙も送りつけたAちゃん。



誰かがつまずいた際に緊急出動したボクと息子のチームに、
福岡のアーティスト集団のあとリエブラヴォのTさん、
出足ノリの悪かった昭和村Tくんが絡んだすごいやつ。

ここまでの紹介でいっぱいいっぱい。
ともかく甲も乙もその言葉の意味を忘れるほど、
どれもこれもヤバイ絵が集まったのです。

最後に。
企画の途中で参加者に送った「子だまのコツ」を掲載しときますね〜


 

121ヶ月め

今日は2011年3月11日から3,684日め
526週2日
10年1ヶ月
121回めの11日です。

「10年」が語られた今年の春。

しかし今日の「121」という月数を見て、
自分が何を思うのか。

526週間とは?

もしくは、
当時1歳だった息子が6年生になるのに3,684日とは?

穏やかな春の日の日曜日、
ともかく大切に過ごそうと考えています。

トップに置いた絵は、
昨年豪雨被害に遭った熊本の6市町村の子どもたちが描いた笑顔の絵で作った、
仮設住宅に展示するためのポスター。

ボクは球磨村、人吉市、芦北町の子どもたち一緒に描いたこともあり、
絵の展示に関する相談を受けていました。

当初は原画を展示という話でしたが、
仮設住宅の空間が限られていることや、
絵を綺麗に効果的に展示することの難しさ、
1自治体ごとに分断したイメージを作らない方がいいなとか、
自分の東日本での経験からポスター制作を提案。

子どもたちによって描かれた絵をすべて使って、
なにか楽しく元気なイメージが湧くものを作成してみました。

10年を経た東日本でも、
なにか美しいイラストレーションやデザインといったものが、
その土地に暮らす人にとって必要とされるものだと、
自身の足で歩いた経験から実感しています。

熊本で出来たもの(あまりお金もかかっていない)は、
その他のエリアでも出来ることなので、
(熊本の人々のコミュニケーション能力ってのが引き寄せるものはあるが。)
必要を感じる人はぜひお声掛けくださいね〜!


「10年」と語られた春、美しい本が仕上がってきました。

FIELD RECORDING vol.05特集:自分のことを話す
http://asttr.jp/about/astt_5/

東日本大震災発生から10年。
アーティストは震災にどう向き合ってきたのか。

10年目と言われた1年のある1週間を、
32名のアーティストがリレー形式の日記で語る証言集です。

震災後の10年、復興と言われるものにアートというものを使った地道な活動を重ねてきた人たち。

それを支援するグループと、
10年の意味、必要とされるデザイン、
なにより、これからも続けてゆかなくちゃ!なんて話をして、
描いた「少なくとも10先に続く花咲く道」の絵を描きました。
https://www.tis-home.com/amigos-koike/works/16617

今はアートというフィールド上のものだけど、
震災というものに対しなにか美しきもので答えた。

そして、
こうしたものをアートのフィールドから生活者の日常に届くものにする。
コンクリートの復興の先で何が必要とされるのか、
本気でやってゆかねばならない次の10年が始まったと思っています。

この本の全文が読めるサイトがあります。
http://asttr.jp/…/wp-content/uploads/2021/03/ASTT5_web.pdf

また、
こちらの本は以下のサイトのフォームから申し込めば、
着払いですが、手に入れることが出来るそうです。
http://asttr.jp/about

大切なのはなんでもない日常。

そんなことを繰り返し考えた10年。

良きマインドを未来に繋いでゆきましょう。


そして、また美しい本。

福島県の奥会津エリア5町村、柳津町、三島町、只見町、金山町、昭和村に置かれた美術館や博物館を結び、広大な奥会津エリアをひとつのミュージアムと捉え、ここを巡り学ぶことや暮らす意味を高めていこうという発想。

ここ数年、奥会津エリアで子どもたちとワークショップを開催させてもらったり、個人的にフィールドワークを指摘か経験と、昨年11月の取材とを併せ、
レポート作成や、編集やデザインにも関わり、たくさんの絵を描いてカタチにした1冊です。
https://www.tis-home.com/amigos-koike/works/16631

文化庁のライフミュージアムネットワーク事業に対する事業報告書という意味を持ち、このエリアの未来を描くような仕事でもあり、そんなものに自分の主観を書き綴ることのプレッシャーもありましたが、福島県立博物館のワルダクミチームや、取材やデザインでご協力の江畑さん、これまで関係構築をして頂けた各エリアの方々のお力添えの元、「俺の奥会津へのラブレター」のようなものになったのではと。

学術的に頭良く説明するでなく、ひとりの人間が奥会津に溺れてゆく様を頼りに、皆さん1人ひとりが「自分ならではの旅」のあり方を見つけてもらうことで、このエリアを持続可能な美しき土地として保つのではと思うと共に、
こうした発想を日本の各地に届けられるべきだし、アートのフィールドからどんどん生活レベルに広がっていったらいいなと。

この仕事は、人が生きてゆくのに必要な美しさを、ローカルに暮らす人々た確認し、必要なら一緒に創ってゆくような、これから10年の自分の仕事の確かな足場にしてゆこうと考えております。

【LMN2020記録集配布のお知らせ】
ライフミュージアムネットワーク2020年度の活動をまとめた記録集を作成しました。
今年度は、各地でのリサーチ、ディスカッション、フォーラムで語られた言葉の記録とともに、奥会津をめぐるスタディツアーの記録、新たなミュージアム活動のモデルとなるプログラム開発の記録を加えた5冊セットの記録集となりました。
多くの方にお読みいただきたく、限定200セット(先着順、なくなり次第終了)をご希望の方にお配りいたします。
福島県立博物館受付カウンターでお声がけくださるか、お電話かメールで送付のご希望をご連絡ください。
送付ご希望の方は、大変申し訳ありませんが宅急便着払い送料をご負担くださいますようお願いいたします。

送付ご希望の方は下記をお伝えください。
(*は必須)1*:氏名2*:郵便番号と住所3*:電話番号4:メールアドレス5*:希望セット数(2セットまで)6:ライフミュージアムネットワークをお知りになったきっかけや、記録集をお申込になった目的を教えてください。

【申込先】TEL 0242-28₋6000(福島県立博物館代表)
E-MAIL general-museum@fcs.ed.jp(福島県立博物館代表)

LMN実行委員会事務局:塚本麻衣子【記録集内容】※5冊セットでの送付となります。
⓵ライフミュージアムネットワーク2020活動記録集
②ライフミュージアムネットワーク2020奥会津スタディツアー記録集 「奥会津のミュージアムを巡る」
③ライフミュージアムネットワーク2020プログラム開発「多様なニーズに応えるミュージアムの利活用プログラム」記録集 「ミュージアムを届ける」
④ライフミュージアムネットワーク2020プログラム開発「地域資源の活用による地域アイデンティティの再興プログラム」記録集 「大堀からの10年」
⑤ライフミュージアムネットワーク2020プログラム開発「生活資料を活用したミュージアムの連携プログラム」記録集  「みんなで比べてみよう奥会津の民具キット」
【着払い送料の目安(1セット)】
北海道:1260円
東北・関東:930円
北陸:1040円
関西:1150円
九州・沖縄:1590円

10年続けてきたことで得た、多くの友。
自分だけで出来ることは限られてしまうけど、
信頼おける人と創り上げるものは、奥深く美しく、
自分に生きる力さえ与えてくれる。

こうしたことを、どうしようもなく愚直に地道に伝えてゆく次の10年。
これまでと変わらず、答えを先回りすることなく続けてゆきます。



この春はコンビニ大手ローソンの、災害が起きた際の地域の人たちの命を守るインフラとしてのあり方を語るサイトの仕事もしました。
https://www.lawson.co.jp/company/shinsai/

東日本大震災から、熊本、北海道と続いた大地震などの災害の現場を繋ぎ、
「その時コンビニでは何が行われたか」が語られています。

これらの証言は、本来はローソン内部のサイトで、スタッフ間の情報共有としてシェアされてきたそうですが、
2011年春は、こうした発送の数々を社会全体で共有してゆこうという考えのもと、一般に公開されたものです。


ローソンの看板をメインに描いてもらいたいとの依頼を、
広告のイメージでないものを描けるイラストレーターして指名された仕事。

昼の看板は福島県太平洋沿岸部の空のイメージで。
夜は宮城県気仙沼で見た夜空のイメージで描きました。

一企業が、従来の広告とは一線を画し、
その存在意義を高める発信を行う。

そうした現場でイラストレーションはどんな役割を担うべきなのか。
どんな絵が求められるのか。

これはSDGsの仕事などにも通じるのですが、
これまでの価値観に縛られることなく、
柔軟に愛を持って臨んでゆこうと思います。

4月1日

そんな過去は無い。

「いくつもの空の下で」イラストレーション原画展@京都新聞

小池アミイゴ イラストレーション
いくつもの空の下で 原画展
4月2日 (金) – 8日 (木)
open 10:00 ~ 18:00
京都新聞社本社2階ギャラリー
〒604-8577
京都府京都市中京区烏丸通夷川上ル少将井町239番地
(地下鉄丸太町駅7番出口からすぐ)

昨年5月より京都新聞の日曜版で澤田康彦氏のコラムとコラボする形で連載を重ねてきた「いくつもの空の下で」

3月28日に全47回の連載を終えたのですが、
京都新聞社異例のお心遣いの元、
イラストレーションの原画展を京都新聞本社2階のギャラリーで開催することになりました。



澤田さんの軽妙な言葉で綴られる日々の言葉に対して、
毎回毎回どんな絵で答えたら面白いだろうかなあ〜と、
アイデア出しが楽しくて仕方なかった仕事。

このまま死ぬまで続けば良いのにと伝えてみるも、
終わりがあるからこそ愛しいのだろうね。

掲載47作品は以下のリンクでご覧いただけます。
1~20 https://www.tis-home.com/amigos-koike/works/16238
21~40 https://www.tis-home.com/amigos-koike/works/16239
41~47 https://www.tis-home.com/amigos-koike/works/16615



過去何十回も展示の現場を作ってきて、
振り返れば「イラストレーション」の「原画」だけで構成する展覧会は初めて。

イラストレーションの原画展

ただボクの描いたものを楽しんでもらうのでは無く、
京都新聞本紙に掲載された形と原画を見比べていただいたり、
澤田さんの言葉の行間のどの部分を鷲掴みしたのか、
もしくは、
澤田さん渾身のど真ん中のストレートを、
あえてパスボールしてみせたりしてはいないか?などなど、

イラストレーションという仕事の面白さが伝わったらいいなあ〜〜!

そして、
連載が終わってしまって寂しい〜
の気持ちは、
展覧会を美しいものにすることで昇華させてみようと思います。

コロナ感染拡大が続く中みなさまどうぞご無理のないよう、
丸太町あたりにご用事のついでにでもお立ちよりいただけたら幸いに存じます。

個展「東日本」2021、次へ。


2012年3月の開催から6回目の開催となった個展「東日本」
3月17日に9日間の会期を無事に閉じることごできました。

コロナの状況の中、お気遣い頂いた上でお運びくださいました皆様、
ありがとうございました!

描いた絵を前に語り合う言葉は、ボクが次に何をするべきかのインスピレーションに溢れていて、1人ひとりと向き合う時間がほんと愛しかったです。

そうした会話からは、「東日本」というタイトルで10年やって来た意味に気づくことも多かったです。

今回は「はるのひ」という絵本を上梓した直後ということもあり、
その原画も数点展示してみました。


「はるのひ」は、お話をいただいてから仕上がるまで3年3ヶ月かかりました。

小さな男の子がお父さんと声掛けあいながら走ってゆく、小さな冒険の物語。

10年前の震災や原発事故、その後も度々起きた自然災害、そしてコロナの感染拡大という時代の中、日本の各地でお会いする人たちの暮らしに触れ、子どもたちが育ってゆく上で必要とされる、親子関係の原風景みたいなものが創れたらいいなと願いました。

ただ、それは頭で考える物語では無く、身体で覚えるようなことだろうなと。

それがどういうことか深く考えること無く、地図も持たず、東北にも熊本にも台湾までにも広がる広野を駆けてみた。

そんなやり方だから、この物語が「春」を舞台とする必要を感じた時、
この少年が「こと」という名前を持った時の2回、
すべての絵を描き直しました。

さらには、少年の指先の角度が違っているのを修正しようとしたら、
結局その他99パーセントの画面全てを描きなおすことになった。

そんなことを20回くらい繰り返した場面もあり、
結果、3年3ヶ月も荒野を彷徨い続けてしまった感じです。

自分はなぜこんな遠回りをして絵本を作らねばならないのか?

制作期間中は分からなかったことが、
今回、東北を始め日本各地や台湾まで描いた絵と並べてみることで、
明快になったように思います。

ボクが子どもたちと共有したいことは、
ボクが人との出会いで得た感動の風景を、確信を持って一気に描き切る、
突き抜けた気持ちの良いもの。

1枚の絵を描き続ける先で、
「あ、描けた」とバタっと筆が止まる瞬間があります。

そうしたものはあらゆる理屈を突き抜け、
昔からそこにあったもののような、
もしくは、
おおらかな時間の流れを宿しただそこにあってくれる、
そんなものであるように思います。

理屈じゃなく、ただ存在する。

そうしたものの尊さと儚さと潔さ。

津波で、原発事故で、コロナで、
もしくは生きづらいと言われる時代の中で、
方っておいては失われてしまいかねない美しきもの。

それを表現するためには、
制作にちょっとでも躊躇いを感じたら、
全部を描きなおすしかないんだなあと。

そこで手を抜いてしまっては、
三陸の凍てつく海でワカメや牡蠣を育てている人や、
天草の灼熱の海で天日干しの塩を作っている人や、
台湾では育てるのが難しい梨の収穫に成功した人や、
一杯の珈琲を提供することに人生をかけて取り組んだ人に
伝わるものは出来ないということです。

それがわかっていれば、もっとスムースに描けたのか?
それがわかったことで、これからはもっとスムースに描けるのか?

それはわかりません。

ともかくこの3年数ヶ月は、こうした破壊と再生を繰り返すしか、
描くべきものが生まれなかったということです。


絵を描くことを続けてきて、
2021年の段階で、相変わらず新人のような気持ちでいられることが、
良いのかどうか分からないですが、

これからも「わからない」ことを自覚し、
人との愛しき出会いの中で、なにか輝くものを見つけて行けたらいいなと願って、この活動を続けてまいります。

今回の展覧会で最初に旅立ったポピーを描いた絵があります。

ご購入いただいたのは、ボクよりずっと若い方ですが、
ボクはこの人の仕事や現場に投下する美意識に深い尊敬を抱いています。

10年間で6回の「東日本」を開催した中、これまで3枚の絵をご購入くださって。

その3枚の違い、
以前はグレイッシュな作品を選ばれていたのが、
今回は暖かな色彩のものを選んでくれたということに、
今の時代に必要なものを教えていただけたような。

こうした気づきは、丁寧に構築してきた関係性の中でのみ感じられることだなあ〜と。

今はSNSの発信などで自分をアピールすることが当たり前になっていますが、
そんな中でも、
自分にとってSNSは1人ひとりとの対話をする道具だとの考えを持ち、
愚直にひとりとのコミュニケーションを重ねてゆこうと思います。

その先でまたなにか生まれたら、1人ひとりに分け合う考えの元、
絵のある気持ちの良い空間を創ってゆきますので、
その際はまた足を運ばれ、ひと言ふた言の会話を頂けたらうれしく思います。

こうした現場を丁寧なオーガナイズを与え続けてくれる space yui
今回もありがとうございました。

そしてもはや次
ですね。

2021
0317
PEACE!!

120ヶ月め

今日は2011年3月11にから3653日
521週6日
10年
120回目の11日です。

ボクは現在6回目の開催になる「東日本」という個展を開催中ですが、
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14798
自分が10年続けてきたことを振り返るより、
会場にお越しの方と1枚の絵を挟んで語り合うことの中に、
次の10年でやるべきことが埋まっているように感じています。

それにしても、
出来ていなことの多さが気になる10年です。

被災地と呼ばれる場所に限らず、
人の誠実な生活の息吹の感じられる美しき風景、
それに向き合い記録してゆく仕事。
これからもただただ愚直に続けてゆかねばです。

2月に発表した絵本「はるのひ」は、
小さな男の子が森の向こうに見えた煙を見にゆくために、
畑で働くお父さんと「おーい」と声をかけあいながら走ってゆく、
小さな冒険物語です。

10年前の震災直後からネット上で交わされた棘のある言葉。

もちろん中にはとても有益な情報も確認出来ましたが、
それにしたって、これ見よがしの自己主張というものばかりを感じてしまい、
また、そうした言葉の洪水に呑まれるのうにして、
本来吐き出すべき言葉を押し殺してしまう人というものを感じ、
実際はどうなっているのだろうか?
せめて当時1歳だった息子にだけでも、自分の言葉でこの悲劇を語らねばと、
被災の現場に弾け飛んで行った10年前。


被災地と呼ばれる場所では、ネットを覗いて論争しているような人はおらず、
ただ目の前のやるべきことを粛々とやっている姿に出会いました。

そこが東京と被災地の1番の違いのように感じたのです。

目を覆うばかりの惨状のすぐ隣では、あっけらかんと美しい自然があり、
メディアでは伝わらぬ腐臭が漂い、足元には名もなき花が咲いている。
夏は暑く、冬は凍えるほど寒い。

ボクには被災の痛みも悲しみも代弁する言葉は持たず、
ただ何かのために尽力する人々の姿を目で追う。

「絶対」という言葉で未来が語れなくなった今、
ボクのようの人間ひとりで出来ること、やり続けられることはなんだろうか?

そんな自問の先で、1人ひとりと出会ってゆくという道に至り、
1人ひとりの中に埋まっている言葉に触れ、

「自分の力でどこまで走っていったらいい」

「しかし、そこから先は行ってはダメだ」

なんてことを今も測り続けているのだと思います。

未来を創る子供たちに向けて、
「行きたいところまで行ってみろ」と語れる大らかさと、
「もしもの時は俺を呼べ」と言い切れる強さと優しさ、
そんな力を身に染み込ませ、
人が生きるに足るものを作り続けてゆきたいです。

コロナ禍の中で思うことがあり、
子どもたちの登校の自主見守りを続けて8ヶ月ほどになります。

息子は11歳になり、
目の前を通り過ぎるのは震災後に生まれた子どもです。

学校行事をひとつ経験しただけで、顔つきがちょっと大人になる子どもたち。
もしくは、今日は今ひとつなだななんて表情で通り過ぎる子だったり、
良きも悪きもあるだろうけど、みんな何かしらの物語の中で生きている、
みんなかわいいし、みんな可能性の塊だと思う。

そうしたものが不当に失われてしまわぬよう、
自分が生かされてきた世界に報いるため、やれることやってゆかねばと思い、

こうして立つ自分の足の裏の地面は、
被災地と呼ばれる場所と確かに繋がっているという想像を続けています。

その想像に中には、
被災地と呼ばれる土地で出会った、ほんとにカコイイ大人の姿を次々と浮かんでくるのです。

なんつーか、
負けてられない。

これからも。

2011
0311

2021
0311

20〇〇
0311
PEACE!!

119ヶ月め

今日は2011年3月11日から3,625日
517週と6日
9年11ヶ月
119回目の11日です。

さっき3月8日から開催の個展「東日本」の情報を公開しました。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14798

今回で6回目になる「東日本」と名付けた展覧会です。

たとえば、
震災から8ヶ月目の福岡で友人たちに会い今何を思うか聞いて回った中、
少なからずの人が「東日本大震災のことはもういいかな」と、
ある意味苦渋の表情で語るのに出会いました。

たとえば、
2014年2月に開催した2度目の「東日本」では、
少なからずの方から「もうこのテーマはいいんじゃないか」と、
アートのフィールドの見識を元にしたご意見をいただきました。

たろえば、
その年の夏に福岡で開催した「東日本」では、
「わたしはまだ何も出来ていないんです」と、
絞り出すように語る方が少なからずいました。

そうしたことすべては東日本以降の日本の風景として、
自分の価値観で判断することなく受け止めてきたはずです。

そうした上で、
やはり3月11日の夜の暗闇の中で湧いた
「これは10年、20年とかかることだ」
という直感が今も自分を動かしているようです。

そうしている間も、
震災の直接的な被害ではなく、
ある意味「がんばる」ことで失われてしまった人もいます。

10年と言われる今、
ボクにとって「東日本」はアートで語られる記号のようなものでは無く、
荒野を駆ける「生活」や「人生」の無くてはならない窓になっているようです。

その窓から見えるこの9年11ヶ月で出会ってきた人々は、
これからもボクになにを描けば良いのか語り続けてくれるはず、
てか、語り続けられるようこれからもやってゆきますね!

今はコロナの状況で会えない人ばかりですが、
ともかく元気でまた会いましょう!

2021
0211
アミイゴ
PEACE!!


東日本の各地で出会った風景を生かした絵本「はるのひ」の原画展。
会期 2/10 ~ 3/2 で神保町のブックハウスカフェ で開催中であります。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14801



あらためて日本列島の絵。
使い道ある方は使ってみてください〜
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=5556