‘展覧会’ カテゴリーのアーカイブ

178ヶ月め_香港レポート

2026 年 1 月 11 日 日曜日


今日は2011年3月11日から5,420日
774週2日
14年10ヶ月
178回目の11日です。

震災から3年目の能登。
東日本の経験から、被災された方の疲れはピークを超えているんじゃないかと想像します。
皆様どうぞうご健康であられますよう、心よりお祈り申し上げます。

東日本は今年の3月11日に「15年」「節目」などと言われるかもしれませんが、
この15年でボクが出会ったきたのは「1人ひとり」というものなので、
引き続きただただ寄り添い並走する気持ちでいたいです。

復興の途上で失われてしまった方も少なからずおります。
そうした方々の意思を、被災の対岸で暮らす自分も大切にし、
これからの社会に活かして行かなければならないと、あらためて強く思う今年の年初でした。

みなさま、引き続きよろしくお願いいたします。


昨年12月20,21日、香港で開催された香港イラストクリエイティブショー10に参加しました。

イラストレーターズ協会のご縁で主催者と知り合い、現地に立ち会うのはこれで3回目。

これまでは協会のバックアップも受けて参加していましたが、
より自由に、より責任を持ったブース運営をしたくて、今回から個人でのエントリー。
ですが、アジア圏でイラストレーションの可能性を探りたい仲間を募って、
主に日本の年賀状にフォーカスしたグッズ販売を行いました。

今回何より、高校1年で16歳の息子を同伴させたことで、多くの気づきを得られました。

そんな息子とブース前で記念撮影。

背景のイラストレーションは、やはり今回お誘いしブースをシェアした京都在住のイラストレーターcacoさんの手によるもの。

過去にも積極的に香港の企画に参加くださって、現地でじわり人気が出ている彼女。
「こんなブースだったらいいな」という要望に、短期間でめちゃくちゃ頑張って応えてくれて嬉しいです。


おかげさまでブースは大盛況。
英語も広東語もまるっきりダメな自分を、英語が得意な息子が現地スタッフとの連携しフォローしてくれたこと、ありがたかったな〜。

今回グッズ提供をお願いしたイラストレーターの仲間には、香港の方に手に取ってもらえるちょっとしたアドバイスをしました。それもまずまずハマったんじゃないかな。


ボクが初めて香港に行ったのは2019年8月。民主化デモが行われていた時です。
日本の報道やネットの情報からその激しさを知るも、現地に行ってみると活気のある香港と出会うばかり。
香港の多くの方はネットでデモの情報を得て、自身の仕事や生活を優先した行動をとっていた。

あれから6年。
個人的に1年半ぶりの香港は、眼に見える部分では変わらず、ダイナミックで朗らかで優しい、そんのイメージ。
飛び込みで入る街の飲食店でも「ああ、日本人か」みたいな感じで、言葉の壁を超えた対応を頂きました。

何より「kawaii」を必要とする香港の若い人たちの存在が、うれしいんよね〜。

渡航する前は「なんで今ゆくのか?」などの危惧もされたけど、いや、そこに絵やイラストレーション、かわいいものを必要とするから行くんだよと。

で、実際に行って絵やイラストレーションを間に置いて人と向き合うと、簡単に飛び越えることの出来る国や政治体制、民族の違いがある。

日本でも香港でも、どこでも、自分が向き合うのは「ひとり」というものであり、その基本の上で『なぜ香港の方が「kawaii」を必要とするのか』を想像することで得られる、クリエイティブなモチベーションが尊い。

そうしたことを、16歳の息子はよりフラットな視線で見てるわけで、食事をしながら「どうだった?」なんて会話が出来たことも大きな財産になりました。


巨大なコンベンションセンターの中のひとつのホールで開催されている香港イラストクリエイティブショー。
その階下ではポケモンの発表会に多くの人が集まっている。
その隣ではAIを使ったアートやデザインの展覧会に、また多くの人が集まっている。
(AIに関して、韓国も中国も日本よりかなり先を走っているイメージ、、)

日本の16歳、何を思う?

で、今回。
主催者がボクのためのライブペインティングのブースも用意してくれたので、ならば自分の勝手な絵を描くんじゃなくて、会場に来られた1人ひとりを描いてみることにしました。

ひとりに対しスケッチして着彩まで5分ほどで行うのを、2日で約4時間半、54名描いたのですが、
疲れた〜〜…
が、それ以上に楽しかったなあー


この画像は描き終えた絵をスマホで撮影した荒い写真を、Photoshopでブラッシュアップしたものだけど、なかなかの雑な絵ばかり。。
なんだけど、現場で向き合い描いたからこそのリアリズムがあって、やっぱ愛しい。

にしても、モデルになってくださった方に申し訳ないぜと、この絵をさらにスケッチする感じで1人ひとり描き直しをしています。


なんでこんな作業をしているのか?描きながら気がつくのは、香港で向き合う人の「キャラ設定されてなさ」。
いわゆる「〇〇系」に自身を押し込んでいない。だからか「キメ顔」が無い。その人なりの「キメ顔」があったとしても、それは「憧れの何者か」になるためでなく、「その人が背負っている何か」が滲んで見える表情だなと(これは台湾でも感じたことだね)。なので「描かなくちゃ」って強く思うんだろう。

香港では二人組、特に女性の二人組をたくさん描きました。
そんな二人組が纏う幸せそうな空気が愛しくてね、この2人の風景は描かなくちゃ!と、ついつい必死になってしまう。


日本でもこんな二人組に出会うけど、纏っているものがちょっと違う。
その違いが面白いのだけど、香港ではより自由なるものを感じるのはなんでだろう?

そんな話も息子と出来てよかった。

スケッチの最後の方でお母さんと娘さんの二人連れを描いたんだけど、2人がギュッと手を握り合ってる姿に、なんだろ、非常にドキドキした自分です。

という感じで、強烈な筋肉痛に襲われたライブペインティングも終了。

ああ、良い出会いばかりだった。

この経験からさらに自分は、自分が描くべきものと人が必要とするものをしっかり噛み合わせて、なんなら人ひとりを救えるくらいの「kawaii」を創ってみたいぜ。

香港のみなさん、また元気で会えましょう!

 

「ぼくと、ガザのこどものえ展」 at 名古屋のメルヘンハウス

2025 年 12 月 1 日 月曜日

名古屋の子どもの本の専門店メルヘンハウスのギャラリー
「ぼくと、ガザの こどものえ展」12月2日(火)~27日(土)で開催します。

 
ガザからエジプトに逃れてきた子どもたちに「自由に絵を描いて」と画材を手渡す活動から生まれた絵と、
それを見た渋谷区立富谷小学校の6年生(昨年度)が描いた絵を向かい合わせで展示。
それがどんなきっかけで、どんなコミュニケーションを持って実現したのかがビジュアルで伝わるよう、
「みんなで見たこどもの絵」の著者でグラフィックデザイナーの菊池志帆さんが奮闘しビジュアル化。

自分はいつも通り絵と絵の良い関係を見極めた展示作業を行いました。

久々再会した渋谷の12歳が描いた絵たちに対しあらためて「どうやったらこんな絵が描けるんだろう?」という探究心が、自分で仕掛けたことではあるのだが、湧いて、湧いて。

個人的には「ガザで失われているものがなんであるのか渋谷の子どもたちの絵から気がつける展覧会」なのではと期待しています。

小さなギャラリースペースですが、ここには世界への扉が開いていますんで、みなさんぜひ名古屋の覚王山のメルヘンハウスまで運びください!

なによりメルヘンハウスの三輪丈太郎さんの「開催したい!」というPUNKな意思で実現する展覧会。
12月24日には「再現授業ワークショップも開催っす!」
あ、2日東海地方でオンエアのNHK「まるっと!」でも紹介くださるとのこと。
オンエア3分ほどなのに2時間もお話を聞いてくださり、ありがてえ〜。そしてこの展覧会、巡回の希望があればお声掛けくださいね〜!

【会期スケジュール】
12月2日(火)〜28日(日)
10:00~17:00
(3日は13:00オープン、7.8.21.22日はお休み)
【イベント その1】
「ガザの」の子どもたちの絵を見て小池アミイゴさんと一緒に考えて、感じた想いを絵で表現してみよう!
・日時:12月14日
・1回目:10:30~12:00、2回目:13:00~14:30
・定員:各回とも7名
・対象年齢:小学中学年から大人まで
・参加費:¥1,000
【イベント その2】
『みんなで見たこどもの絵』が出来るまで
・日時:12月14日 15:00~17:00
・定員:15名
・対象年齢:大人
・参加費:¥1,500
【サイン会】
・日時:12月14日 12:00~12:30、17:00~18:00
※メルヘンハウスにて購入された書籍やグッズに限ります。
【お申し込み方法】
メルヘンハウスHPの「お問合せ」より必要事項を記入の上メールにてお申込みください。
メルヘンハウス営業時間内であれば、お電話(052-887-2566)でも承っています。
「サイン会」のお申込みは不要です!

 

176ヶ月め_都城

2025 年 11 月 10 日 月曜日

今日は2011年3月11日から5,359日
765週と4日
14年8ヶ月
176回めの11日です。

宮崎県都城市のS.A.Lgalleryでの花の絵の展覧会「花さくところ」
11月9日で会期を終えました。

思いがけずとても美しい展覧会が創れ、
思いがけずこれまで描いてきた花の絵に新たな命を吹き込まれたような、
ほんとありがたい時間になりました。


あと、なんだろう。
絵を見てくださる方々の姿も、とても美しく思えたギャラリー。

それは、
ギャラリーのオーナーでこの場所をスタジオとして版画制作を続ける黒木 周さんやそのご家族、
ここを愛する方々のマインドが、この場所を美しく磨いているのではないかと思うのです。

展示設営が終え、当日開場までの時間を使ってご挨拶文を考えていたら、
東日本大震災前に花の絵を描こうと考えたこと、あれこれ思い出したので、
なるべく飾らず言葉にして、ギャラリーの隅っこに貼っておいてみました。

「花さくところ」について

はじめまして、小池アミイゴです。

この度S.A.L galleryからご縁をいただき「花さくところ」という名の展覧会を開催するこになりました。

ボクは普段東京の渋谷区の富ヶ谷という静かな街で、イラストレーションの制作やデザインの仕事をして、時間に余裕あれば好きな絵を描く生活をしています。

花の絵は2009年の1月、食べるために買っておいた菜の花が台所で花を咲かせているのが可笑しくて、描いてみたら「自分らしい」絵に出会えたことから、今も描き続けています。

その年の暮れには息子が生まれたことで、街や人、花への視線に変化が生まれ、「花を描かなくちゃ」って思うことが増えて行きました。

自分にとって花を描くことは人を描くことであり、それは命を扱うようなことでもあるのだろう。そんなことを思い始めた2011年3月11日東日本大震災発災。多くの人が表現することをフリーズさせた中、自分は被災地を歩き、風景や花の絵を描き続けました。それが出来たのは、やはり自分が花の絵を描いていたからだと思います。

2020年、新型コロナで休校となった小学5年の息子との100日間では、息子に「勉強しなさい」と言わねばならぬ自分に対し、『毎日花の絵を描きSNSにポスト』することを義務付けてみました。

交通量が極端に減った東京の街の、春から初夏にかけての息子との濃密な時間。光も空気も美しい街では、やはり花が美しく輝いて見えました。コロナは大変なことだったけど、でも、何が幸せであるか深く考えられた時間を、今は懐かしく思います。

時を遡って2008年12月末。ボクは初めて都城を訪れました。

セツモードセミナーで一緒に絵を学んだ仲間、玉利くんがこの街で亡くなったと聞いたからです。

福岡から高速バスで都城まで。そこから歩いて西都城駅、さらに川を土手沿いに遡って、S.A.Lに程近い玉利さんのご実家まで。

初めましての風景を眺め、冷たい空気を吸って吐いて、色んなことを考えながら辿り着いた彼のアトリエで、玉利くんが描いた懐かしいチューリップの花の絵に再会しました。

2009年1月、福岡に滞在していたボクは、東京でお世話になっていた友人が末期の癌であるとの連絡をもらいました。「どうしたものか」と思いながら東京に戻ると、食べようとして買っておいた菜の花が咲いていて、ボクは2枚の菜の花の絵を描き、1枚を友人の家族に贈りました。


こんな文章を書き終えて、
ああそうだったなと思って。

いろんな人の顔が浮かんで。

そうか、今自分はここにいるんだと。


2008年12月の都城は、
いつか沈んでしまうのではと感じた場所でした。

今回そんな話をすると、
ある方は「大変だった」と、
ある方は「そんなことない、ずっと元気だったよ」と。

2008年はリーマンショックの年ですね。
自分の故郷、群馬県の前橋の街が寂れて沈没しそうだったことに心痛めていた目は、
自然とネガティブなものをキャッチしていたのかもしれません。

それでもボクが乗ったバスが到着したあたり、
バブル期前後の都城がドンと打ち出した「あらたな街」の20年後の姿は、
道に迷い続け、疲れ、ただ立ち尽くすしかない人のようでした。

今回、まさにそのエリアがあらたな力を得て再起している姿に出会うことが出来て、
これは日本の社会の希望だなあ〜と。

2008年に寂れてなんの建物かも想像できなかった、元ショッピングモールは、
立派な図書館として再生され、若者やお年寄りの第三の居場所として活躍していました。

いや、すごい図書館だなあ〜〜
一言では語れない魅力が詰まった場所だけど、ともかく本に手が伸びる場所。
そして居心地が良い場所。

館長さんに伺うと、
この図書館ができてから8年、子どもたちの様子が明らかにポジティブなものに変わったって。

いや、箱を作っただけではそんなことは叶わない。
やっぱ関わる人の在り方がこの図書館なんだろうなと、ここに関わる方と交わす朗らかな会話から実感。


そういや都城市、ここしばらくふるさと納税で得た寄付額日本1位だったんだって。。

2008年、ボクが寂しいと感じてしまった都城だけど、
そこで危機感を持って行動に移した人は確かにあって、今の都城がある。

これは、日本の他のエリアでも頑張ってやれることだろうけど、
「こっちを見て!」と人を振り返らせるアピール力は九州ならでは、
都城ならではなんだろうなと。

東日本の被災エリアの方々や、故郷群馬のあり方など振り返って思ったりもします。

でも、その違いがこそが日本の社会の多様な魅力であると感じるボクは、
それぞれのエリアらしさが発揮される場所創りを地道に取り組んでいるような人を、
たはり地道に応援してゆきたいぜ。

今回は展覧会だけでなく、S.AL.galleryでの大人ワークショップを開催。
さらには昨年知り合った宮崎市在住で図書館司書や絵本専門士を務める佐藤さんの計らいで、
都城を中心に宮崎市や熊本の益城町まで赴き、
子どもワークショップや大人ワークショップ、学校会での講演会や地域のお話会、
イオンモールでのぬり絵似顔絵なんてことまでビッシリと組み込んでもらいました。

おかげさまで、自分の勝手な見た目では得られる宮崎や都城や益城町の魅力を、
子どもたちと接するからこそののリアルさで感じられました。
また、子どもたちを見守る方々との会話から、今の社会で必要とされるこに気づくことも多く、
とても意義のある、絵の具まみれのハードワークの11日間になりました。

うん。これは良い未来を創れそうだ!

しかし、絵の具を何度買い足しては、絞り切られてしまったことか…
しょうがない、みんなまた元気で会おう!

 

「花さくところ」小池アミイゴ花の絵展_宮崎

2025 年 9 月 10 日 水曜日

花さくところ
小池アミイゴ花の絵展

2025年10月26日(日)〜11月9日(日)
S.A.Lgallery
11:00-17:00 木曜定休日
作家在廊10月26-27日

イラストレターの小池アミイゴが描き溜めてきた花の絵を、
約束の場所、宮崎県都城のS.A.Lギャラリーに咲かせます。
花の絵の販売と共に、代表作となる絵本の販売や原画の展示も予定。
深まる秋に心安らぐ空間を創り、お待ちしております。

誰でも絵が描けるワークショップ
こころの花を描きましょう
11月1日(土)18:00~
参加費_1,000円(画材等すべて用意します)

表現の最初の一歩が幸せなものであることを願い、
小池アミイゴが日本各地で開催している絵の時間。
初めましての方の多い都城の展覧会会場で、
心通うクリエイティブな絵の具遊びが出来たらです。
土曜日の夜なので、乾杯も出来たらうれしいです!

S.A.Lgallery
〒885-0093
宮崎県都城市志比田町3778-2
0986-22-1435
https://www.instagram.com/s.a.l_gallery/

「まえばしスケッチ」謝辞

2025 年 7 月 2 日 水曜日


小池アミイゴ・イラストレーション展「まえばしスケッチ」
群馬の前橋の敷島のフリッツ_アートセンターでの5月10日から6月29日まで、50日間の会期を終えました。

まず、設営の際にお手伝い下さった群馬在住のイラストレーター丸山一葉さんと、今回のご縁の元となった2年前の前橋”まちなか”の陶器店「石渡」での展覧会を実現させてくれた石渡さんに感謝申し上げます。

アップした絵は、99枚のスケッチの中で唯一左手で描いた水仙の花の絵。

思い入れ深い前橋を描くことは、気になる風景に出会っては立ち止まり、自分を見つめるような作業。
ファイル名に「50」とある水仙の絵は、制作の折り返しで自分が抱えている「何か」を下すような作業だったかもしれません。

80年前の空襲で失われ、今は「平和町」と呼ばれる場所の、主を失った家の前で咲いていた水仙の花は、自分がこれから向かうべき方を向いてくれていたように思います。

あとの2枚は、
最後から4番目に描いた「県庁前でひとつ咲いていたコスモスの花」

そして最後に描いた「帰りの両毛線の中から見た前橋の街」

どちらも「あ、描きたい絵が描けた!」と思えた2枚です。

「こんな儚さが自分の前橋なのか」という発見と、
「この余白こそボクの愛する前橋なんだ」という確信を得られたことは、これから動き出す前橋での仕事に生かしてゆかねばです。

今回の展覧会では25点の絵がどなた様かの元に旅立ちました。
が、ここにアップした3枚は手元に残っています。

この価値観の余白を埋めるのか、色付けるのか、さらに広げるのか?
答えを急ぐことなく、さらに描く先で答えに出会えたらいいなと思っています。

思いがけず多くの方と出会え、多くの会話が生まれた展覧会。
久しぶりに会うことが出来た友人からは「小池は物静かだった」とか「何を考えているかわからなかった」とか「だいじょうぶかな?と心配していた」とか『あの頃の自』を教えてもらえて、19歳で後ろ足で砂をかけるようにして群馬を離れ、何者でも無い自分を振り回して生きた自分が、何者なのかちょっと確認出来たように思います。(てか、昔の友人が来てくれるんだ〜!)

などという展覧会。
この場と多くの出会いを与えてくださり、お互いの美意識のすり合わせから熱を起こしてくれた、フリッツ_アートセンターの小見さん、ならびにスタッフの皆さんに感謝申し上げます。

自分にとってフリッツでの展覧会は、展覧会というより、みんなで創ったLIVE。
本の森、baobab、エリ・リャオ&ファルコン、水と青、ドロップス、公園のおはなし会などなど、
ご一緒出来て、うれしかったぜ!

そのLIVEのアイをオーに変え LOVEへと育てて下さった、ここで出会ったすべてのみなさん。
愛してます。
ありがとう。

これは始まりの挨拶です。

20250510
20250629
アミイゴPEACE!!

171ヶ月め_前橋のこと

2025 年 6 月 11 日 水曜日


今日は2011年3月11日から5,206日
743週5日
14年3ヶ月
171回目の11日です。

アップした絵は、
現在群馬の前橋のフリッツアートセンターで開催中の展覧会「まえばしスケッチ」に追加展示した絵。

展覧会が始まって1週間後の5月17日、フリッツアートセンターでbaobabのコンサート
「かぜつちうた」を開催しました。

過去に何度かやってきたように音響を自分が担当し、
baobabが積み重ねてきたたことを大切に、お互い尊重し合いアイデアを出し合い、
この場所にアジャストさせたことで、フリッツという場所ならではのコンサートを目指します。

本番前には土砂降りだったの雨も上がり、リハーサルで高まった心の熱をちょっと冷ましておこうと、
マジックアワーの光に包まれた敷島を歩いてみました。

ああ、綺麗だなあ〜

池に浮かぶ白鳥ボートの可愛らしさ。
水道タンクとヒマラヤ杉が生む光と影の構図。
松林に斜めに差し込む光の帯の鮮烈さ。

人と志を共にし、ひとつの現場を創る作業は、
ボクに「美しいものをただ美しい」と思わせてくれる目を与えてくれるようです。

積もった松葉を踏んで歩く時の体が浮くような優しい感覚。
自分は今前橋を描いた展覧会を開催しているが、
その目の前に広がる風景を何一つとして描けていないと思う刹那。

直後に始まったbaobabのコンサートは、
やはりこの日この場所でしか生まれ得ぬ作品へと昇華しました。

あとは東京に戻り見たものを描くだけです。

baobabとは2008年に東京の渋谷で出会いました。

彼らの暮らしのある大分から車で移動しながらコンサートを続け、
最後に渋谷で開催していたボクのイベントに出てくれた。

その音楽に「若い兄妹が生きてきた時間だけがきっちり鳴っている」と直感し、
1ヶ月後に彼らの暮らす大分県、現在の杵築市山香という町まで足を運び、
森の中の古民家で半農の生活と、楽器作りや音楽活動を両立させる彼らの生き方に出会いました。

今振り返ると、その後に起きた東日本大震災に対しわずかでも正気を保ち向かってゆけたのは、
そんな彼らの暮らしに出会っていたことで、人間に対する希望を窒息させずにいられたからなんだと思います。

あの日から14年めの初夏、baobabと前橋でひとつの作品を創るような作業を出来て、
何かひとつ前進させることが出来たのではと思っています。


「まえばしスケッチ」という展覧会は5月10日から始まり6月29日が最終日で、
ちょうど1ヶ月が経ったところです。

baobabのコンサート以外でも在廊を繰り返し、来場される方と言葉を交わすことで、
自分のやっていることの意味がわかってきます。(自分はコンセプトを立てる前に体が動いてしまう)

より明快になったことは、
自分は前橋という街を喪失した心の痛みに対し、セルフケアのような作品制作をしている。
ということです。

子どもの頃に憧れたキラキラした街前橋は、バブル経済が弾けた頃から急速に寂れてゆく。
日本一の車社会と言われる群馬にあって前橋の市街地は、求心力を持つ観光スポットを持たず、
またその周辺に郊外型の大規模商業施設が出来たことや、人々の画一的な消費行動が進んだことで、
2000年代初頭には学校の教科書に「典型的なシャッター商店街」として掲載されるほどに凋落してしまう。

こうしたことは日本の各地で同時進行的に起きたことだけど、
それでも前橋の風景は、東京に出て「よそ者」となった自分でも心に傷のつくほどの凋落です。

これはボクの勝手な印象でしかないのですが、
『前橋という街は経済の津波にさらされ大切なものを流されてしまった』と。
実際、東日本で津波被害に遭った場所に立って「前橋みたいだ」と思ってしまったこともあります。

それでも「いつかボクの前橋を描かねば」と考え続けてきて、今回。

数年前より前橋をアートの力で更新させてゆこうという動きが生まれ、
多くの人が前橋に力を注ぐようになりました。
薄汚れて見えてた場所にやわらかな光が当たって見えるようにもなっています。

方や前橋の郊外である敷島では、
フリッツアートセンターという場所がオーナーの小見さんの美意識を保つ形で40年、
「敷島らしい」空気を模索しながらも醸成を続けています。

自分はそのふたつのエリア、前橋駅から街中を抜け広瀬川沿いに敷島までの5kmを歩いて、
目に止まるものを描くことで展覧会を作ってみようと考えました。

その5kmの途中に「平和町」と名付けられた街があります。
それは日本各地で、特に空襲による被害を受けた場所に対し与えられている町名です。

前橋では、現在の中心地の周辺部、街の賑わいの途切れたのどかな住宅街エリアが「平和町」です。

子どもの頃父から何度か前橋空襲の話は聞いていましたが、
こんなのんびりした場所まで爆弾を落とされたのか?という疑問から、
空襲被害に遭ったエリアを調べてみました。

ちょっと古い資料なので、
Googleマップに消失エリアを被せてみると、

なんと!
自分がボケ〜っと歩いている場所の半分は火の海だったのか、、

1945年8月5日の夜から6日の朝にかけて、
535名の命が失われ、6万人以上の人が焼き出された。
(その数時間後には広島で原爆が投下され、9日後には無条件降伏が国民に知らされる…)

自分が子どもの頃に憧れたあのキラキラした前橋は、
完全な焦土の上に再建された街だったんだと、あらためて…

わかっていたつもりだったけど、
自分は今回あらためてこの街を歩き、この街を自分の身体に刻み込むことで、
この街に暮らす人の視線に寄り添い、この街の何か美しきものを見つけようとしているんだろう。
それは自分の喪失感を癒す作業でもあるわけです。


人は焼け野原にボクが憧れたキラキラした街を造り、
焼け出されてしまったあるエリアを「平和町」と名付けた。

そんな街も経済の大津波に晒され、
ボク個人の感覚では喪失してしまった。

それでも視線をちょっと振ると、
どなたかの家の塀の脇に刈られずに残された小さな花と目があったりする。

そんなふうにして描いてきた絵を間に置いて、展覧会に来られた方と言葉を交わすと、
色々と気がつくことがあります。

まず、人が穏やかで優しいなあ〜ということ。
これは東京に出る前までに感じていたガラッパチさと随分印象が違います。
それはどうしたことか、さらに会話を重ねてみて、自分なりに考察してみました。

前橋は全国亭に有名で求心力のある観光スポットを持たない街、それも県庁所在地です。

過去には養蚕業から製糸業の核として、日本の経済を牽引する街でしたが、
昭和に入るあたりで失速し、戦争で街ごと焼かれてしまいます。

そんな歴史を振り返ってみると、
今回のスケッチは空襲に耐えて遺ったものを自然と街の象徴として描いてることに気づきます。

ともかく前橋は「何も無い」状態から、
ボクのような子どもが憧れるキラキラの街を再建させた。

そうした街を造るには、とてつもないパワーが必要とされるんだけど、
でも自分が憧れたキラキラ前橋はパワフルなだけでなく、優しかったように思い出されるんよね。

その優しさとは?
ともかく街を歩き続け、疲れた身体が気がついてくれたのは「余白」

過去の前橋には「誰でも居て良いと思わせる余白」あ、物理的にも心の領域にもあった。

メインの商店街を歩くと誰かと肩が触れちゃうくらいの人出でも、余白があった。

「誰でも」なので、ある意味清濁呑み込む街の懐の深さがあり、それは場合によっては危険も含むのだが、、

あれはもしかしたら、戦争で焼かれた街の人の心に宿り続けた刹那なる思いが、
他者に対しても「居ても良い場所」を与えていたのではなかっただろうか?

また、戦争による喪失は、街に暮らす人たちに文化に対する強い憧憬を生んだはず。
言葉に出来ぬ理不尽な出来事に無力を叩きつけられた人は、文学や芸術からその回答を得ようとします。

それはとてもパーソナルで静かな行いであり、そうしたものが徐々に束になってひとつの運動のように育っても、
大声で何か訴えるようなことでは無く、やはり静かに粘り強く続けられるようなものです。

ただ、ボクはそこから漂うほのかな香りのようなものに気がつき、
そこはかとない文化的に香りこそ前橋の魅力であると、幼いながらに気がついていたはずです。

父に連れて行かれたクラシックのコンサートや、母に連れられていった演劇などなど、
今振り返ればなんて凄い表現者たちを前橋は呼んでいたんだと思う。

 

そうしたものを高度経済成長期の最後の方にキャッチし、良きものと捉えるも、
世の中のほとんどの人が「中流」を意識し始めた80年代、
バブル前夜の前橋がどんどんと漂白され、表向きオシャレな装いを見せ始めたのには違和感を感じ、
ふと気づくと自分の居て良い場所が見えづらくなっていなかっただろうか。

古く使い勝手が悪いから「しょうがない」取り壊された前橋駅の駅舎のことを、
自分は事あるごとに個人的喪失として思い出したりしています。

もちろん「誰も」が住みやすい街づくりに、自分の憐憫の情など関係無いのだと思うのだけどね。
でもそも「誰も」がなんだか生きづらさを感じているのはなんでだろう?

そうして前述するように個人的な喪失を感じるほど衰退してしまった前橋の街ですが、
ここ数年で新たな魅力的な顔を見せるようになっています。

そこには、たとえば成功を収めたJINSの田中仁さんのような民間の力が投下したお金や発想、
そこに集う人の力、そこから育つ人の力、そして行政との噛み合わせの妙があります。

では、それはなぜ実現出来たのか考えてみると、
極論だけど前橋にお城が無かったことではないかななんて思うんよ。

立派なお城がある街の人は、その力を活かそうとする街づくりをするんだけど、
前橋には城が無い。

力強くアイデンテティとして語れる産業も、そもそも街そのものを空襲やバブルで失っている。

遺されたものは「危機意識」だけってくらいなんだけど、
しかし、お城のようなもの、極論すれば富士山のような象徴が無い分、
前橋の人は危機意識をエネルギーに、あとは何物にも囚われぬ軽やかな発想とマインドで、
新しい街作りに取り組めたんじゃないかな。

新しい街の姿がちょっとでも見えてきたら、
もともとの人の優しさが「あなたの居て良い場所」を可視化させる力を発揮させてくれる。

あれ?
もしかして前橋は「軽い」という言葉を今の日本に必要なポジティブなものに更新させ、
なんなら社会の価値観も良い方に変えてしまう力を持っているんじゃないか?
なんて思い始めています。


求心力のある観光スポットは持たぬが、街が余白だけになりかけてしまったが、
人の気持ちに覆い被さる余計なことは、街を流れる利根川や広瀬川の豊かな水が、
そして上州名物赤城降ろしの空っ風がどこかに流してすっ飛ばしてくれる軽やかな街。

それが魅力だと思うと、
前橋には希望しか感じられないぜ!と思うのはボクだけだろうか。

ところでこの感じ、
ボクは福島県の福島市の街中で起きていることと似ているかも。

震災と原発事故を経験した福島。
それはある意味「何も無い」というくらいの場所まで人のマインドを落とし込むも、
その危機感があるからこそ、人は考え続け、人と人のつながり大切に育て、
人と人の間に生まれる発想を生かして、今。
「誰でも居て良い場所」があちこちに感じられる優しい街に変わってるイメージ。

これからの前橋が、東京を頂点とする中央の価値観に追従するとは考えられず、
しかし、福島の街の人たちと繋がることには、価値を感じるなあ〜。
もしくは、大分の山間の町baobabの暮らす山香とかね。

そんなことを思えるのは、日本の社会が画一的に漂白されてゆく時代に争い、
人の弱さを慈しみ美しく生きることを良しとし、ツッパらかって本屋なども営み40年、
前橋の優しい文化の生命維持装置のような敷島のフリッツアートセンターという場所が、
前橋の過去と今をパラレルに見せてくれるからなんだろう。

フリッツアートセンターでの展覧会「まえばしスケッチ」はあと2週間ちょっと、
6月29日が最終日です。

『まえばしスケッチ』小池アミイゴ イラストレーション展
フリッツ・アートセンター / ギャラリー
 2025年5月10日(土) – 6月29日(月・祝)
11:00-18:00
入館料 _無料
休館日 ‖ 火曜日(祭日の時ははその翌日)

〒371-0036  前橋市敷島町240-28
Tel. 027-235-8989
web. theplace1985.com
mail. info@theplace1985.com

ボクの在廊予定は
6月15日(日)、16日(月)
6月27日(金)、28日(土)、29日(日)

最終日イヴの28日には、エリリャオとファルコンをお呼びして、
架空の絵本の世界を唄で表現する試みを行います。

ライブ + ワークショップ
エリ・リャオ + ファルコン c/w 小池アミイゴ
6月28日(土) 18:30 開演(開場 18:00)
フリッツ・アートセンター


15日午後と29日午後にはそれぞれお話会が行われ、
15日はガザと渋谷の子どもたちを絵で繋いで作った絵本「みんなで見た こどものえ」で、
ボクが子どもたちに行ったセッションを再現して体験してもらえます。

などなど、
もはや終わってしまうことの喪失感が込み上げてくる展覧会に育っています。

 

 

170ヶ月め

2025 年 5 月 11 日 日曜日


今日は2011年3月11日から5,175日
739週と2日
14年と2ヶ月
170回目の11日です。

今日5月10日から、群馬の前橋の敷島にあるフリッツ・アートセンターでの個展「まえばしスケッチ」が始まりました。
https://yakuin-records.com/amigos/?p=16456

初日は敷島薔薇園と敷島本の森のお客様が重なり、地方での展覧会にこんなにも人が来てくれるんだ〜!という驚きの1日。
テーマが地元前橋を描いた作品群なので、老若男女多くの方が絵の前で立ち止まり語り合い、さらにはボクに前橋愛を伝えてくれました。

夕方には地元新聞の取材が入ったのですが、
記者とボクとで話が弾み、自分がやっていることはどんなことなのか?を探る会話が4時間。。

それだけ語り合えるだけ、今の前橋は新しく生まれ変わろうとしている。
しかしその前は個人的に「喪失」を感じるほどに寂れてしまっていました。

インタビューの中で、自分が東日本大震災発災直後に東北に弾き飛ばされるようにして向かった理由の中には、前橋という美しき憧憬の街の喪失と東北の太平洋沿岸部の喪失とで何が同じで何が違うのか?そんな探究心もあったのだろうと気がつきました。

震災後の東北を歩いて育った目で、今あらためて見る前橋の街。

そこから生まれた絵に向き合って下さったみなさん1人ひとりが、それぞれの前橋を語ってくれた。

こんなアウトプットがあって、はじめて「より好ましい街」についてのアイデアが生まれるんじゃないかなと。
今回シャカリキになって前橋を描いた意味にあらためて気がついた展覧会初日でした。

「まえばしスケッチ」は6月29日まで。
この期間で前橋に対し貢献出来るとこと探り実践できるよう、
この展覧会をさらなるコミュニケーション場へと育ててゆこうと考えています。

という自分の思惑や理屈は関係なく、
みなさんがこの展覧会を楽しんで頂けることを願っております。

4月17日は能登でのフィールドワーク。

2年前の夏に「なんて見事な田んぼだ!」と感激し、田んぼ仕事してたおじさんにその理由を尋ねた場所は、川になってしまってた。

昨年元旦の地震で土地の隆起と陥没が重なり、川の流れが変わってしまい、田んぼだったところに川が入ってしまったとのこと。

2年前のことはこちらに綴ってあります。
しかし、おじさんが大切に育てた田んぼの土が流された今、田んぼの復活は可能なのだろうか?

この日はこの近所に暮らしている別のおじさんと立ち話。

震災後、一旦はここを離れたが、やっぱり生まれ育ったここがいいから帰ってきた。

「ここはね、きれいなところなんだよ」
「ここ歩いて花を見て、今は飛行機雲が見えてるけど『あれは晴れてるから見えてるんだ』と思うのがね、いいんだよ」
「気持ちが沈んだ時は、ここから海岸線グルっと回ってくると、気持ちが晴れてな」
なんて語ってくれるもんだから、ついハグしちまったぜ。
「でも自然というオバケがきちゃったんだ」
「こんなことは考えたこともなかった」と。
そうか、、
「また元気で会いましょう!」と声かけあって別れました。
その後チャリティ企画のお手伝いをした輪島塗の田谷木地店のたくじさんと合流し、
能登を巡りながら輪島塗の今を伺いました。

農業も輪島塗も自然との共生と人の絆で育まれ保たれてきたこと。
しかし今まさに危機に瀕していることの確認。
それでも希望を感じさせる人の存在があること。
引き続き応援は続けるのは当然として、
じゃあ自分は何を描けば良いのか?
想像力のケツを蹴り上げつつ、 大切なのは理解じゃなくて、まずは認知。
まずは人として当たり前の目を持つこと。
では当たり前とは?
ともかく続けます!

169カ月め

2025 年 4 月 11 日 金曜日


今日は2011年3月11日から5,145日
735週
14年1ヶ月
169回目の11日です。

3月に開催したボクの個展「東日本」能登の杣径に合わせて行った能登半島地震へのチャリティ、
輪島塗レスキュー「ぬりだくみ」にたくさんのご賛同を頂けたことに感謝します。

輪島の木地屋さん田谷漆器店 桐本拓ニさんが尽力されて来られた輪島塗レスキュー活動を、
3月15日、個展最終日の青山yuiで、
そして16日と17日は地元のパン屋ルヴァンのご協力の元、三日間開催。

16日は「お座敷演芸会」と称し、小唄、落語、紙芝居を楽しみながら、
能登や輪島塗の今を「楽しく」知ることの時間が作れました。

こうしたことは一時的なアクションで終わらすでなく、愚直に続けてゆくことが、
被災の対岸にある者に求められます。

1人ひとり出来ることには限りがある。
しかし、1人ひとり出来る範囲のことを無理なく、可能であれば楽しく続けることは、
ほんと力になるんだから〜!

ということを自分は東日本で学んできました。

もちろん、それで誰も彼も救えるはずは無く、
自身の無力を絶えず自覚し続けなければです。

その自覚の上で、せめて困難な立場にある人への想像力だけは絶やさず、
なんなら想像力の尻を蹴り上げ前に進めさせるようなことは必要と思います。

今回のチャリティを持ちかけてくれた澤村愛さんは、
能を舞い、特別支援学校で紙芝居を上演する方。

先日、今回のチャリティでの輪島塗りの売り上げを報告くださりましたが、
え!?
1,225,000円の売り上げがあり、
被災された職人さんや木地屋さんそれぞれ、

新屋さん68万円

余門さん165000円

田谷さん38万円

と分配されたそうです。

すげーーー!


今回輪島から輪島塗を運んで売ってくれた桐本拓ニさん、
東京に来る直前で右手を骨折。

輪島で長年暮らしてきた家が地震の被害に遭い、
東京に来られる直前に取り壊しになった。
そのの様子を写真に撮りながら色々考えていたらフラッとして倒れ、
腕をつき、、

痛みを我慢しながら東京へ。
「どうやって代々木八幡駅行ったら良いのか」と、
超絶人混みの新宿駅からSOSを投げてきた。

そういや人ってこういうことなんだよなと。
東京の生活に慣れ、いかに東京で颯爽と振る舞えば良いのか実践しちゃっていないか?俺。
なんてことを振り返って考えた、人との出会い。

今回ボクたちは仲間を募り、能登力になれるようにとチャリティを企画し、
想像を超える多くの方のご賛同を得た。

そのこととと同じくらい、
ボクは能登輪島に拓二さんというひとりの友人を得たこと、
これも重要だし、能登をはじめボクたちがこれから生きる社会の希望だと思いました。

2025
0315
0317
PEACE!

ところで展覧会情報をふたつ。


小池アミイゴ個展「まどをあけて」
2025年3月29日(土) – 4月20日(日)

3/29(土)・30(日)・4/20(日) 作家在廊予定
デジタルマガジン「まどをあけて」(ダイハツ)で連載のイラストエッセイ「日本各地、コトづくり旅」に寄せた作品。
旅先で見つけた場所や、そこであたりまえに日常を営む人々の姿をお愉しみください。
古本屋「かえりみち」
〒484-0083 愛知県犬山市犬山東古券661
Tel:090-9749-9895
かえりみちへの推薦経路


絵本「はるのひ」原画展

3月22日(土)〜4月19日(土)
メルヘンハウス2階ギャラリー
10:00~17:00

*お休み_3/28~30、4/6.7.14

アミイゴのアートセッション
◯子どもセッション「覚王山で、はるの美しさを探して、美しいはるの絵を描こう!」】
日時:4月19日(土)10:00~12:00(9:45集合)※雨天決行
メルヘンハウス集合→日泰寺→揚輝荘→メルヘンハウス
参加費:1,000円
小学生〜中学生の子ども10名(大人付き添いウエルカム)
申し込み方法
メルヘンハウスHPの「お問合せ」より
題名に「子どもセッション」と記載
メッセージ本文に
①参加するお子さんのお名前
②連絡先電話番号
③参加人数(兄弟、友達など複数の場合)を明記の上、
お申し込みください。なお、お申し込みは先着順となります。
◯トークショー「美しさとはなにか?」
日時:4月19日(土)13:30~15:00
場所:メルヘンハウス2階ギャラリー
参加費:1,000円
参加人数:大人15名(先着順)
申し込み方法
メルヘンハウスHPの「お問合せ」より、
題名に「トークショー」と記載
メッセージ本文に
①お名前 ②連絡先電話番号 ③参加人数(友人など複数の場合)を明記の上、お申し込みください。
◯サイン会
日時:4月19日(土)15:00~17:00
場所
メルヘンハウス2階ギャラリー
※サインにつきましては今回の原画展会期中にメルヘンハウスにてご購入された本に限ります。
メルヘンハウス
〒464-0064 愛知県名古屋市千種区山門町1丁目11 1階3号
TEL:052-887-2566

 

『まえばしスケッチ』小池アミイゴ イラストレーション展

2025 年 4 月 2 日 水曜日


『まえばしスケッチ』小池アミイゴ イラストレーション展
フリッツ・アートセンター / ギャラリー
 2025年5月10日(土) – 6月29日(月・祝)
11:00-18:00
入館料 _無料
休館日 ‖ 火曜日(祭日の時ははその翌日)

〒371-0036  前橋市敷島町240-28
Tel. 027-235-8989
web. theplace1985.com
mail. info@theplace1985.com

後 援_群馬県・群馬県教育委員会・前橋市・前橋市教育委員会・各報道機関


群馬県前橋市の開放的だけどどこか懐かしく美しい場所「敷島」にあるフリッツ・アートセンターで展覧会を開催します。
名付けて「まえばしスケッチ」

ボクが子どもの頃に憧れであった良き人々が沸き立つように集う美しい前橋への憧憬と、新たな風に吹かれ再生しようとしている今の前橋への恋心みたいなものを、シンプルな絵やスケッチにして展示する予定です。

「人は美しさで生きられるのか?」「ほんとうの幸せってどんなことだろう?」「子どもたちの未来はどんな姿が好ましいのか?」などなど、みなさんと語りえる余白のある展示を目指しますので、ぜひ足を運ばれてくださいませ。

以下フリッツのオーナー小見さんの言葉。

前橋に生まれた 小池アミイゴさん。少年のころ、町へ行くのが楽しみで、駅を降りて小走りで向かった風景は忘れていないと言う。50年経ち、そんな風景にもう一度出会いたくて、同じ道を歩きます。今度はスケッチブックを持って、敷島公園まで ….。

この展覧会では、この春に前橋で描かれたものを中心に、知床、能登、福島、台湾と、今まで各地で描かれたスケッチや絵本の一場面も。また「敷島。本の森」開催の、オープニングでは敷島公園周辺を描いて展示を仕上げます。

5/17 には、大分から兄妹のユニット “baobab” を招いた待望のライブ。そして会期の最後には、台湾出身の歌い手 “Eri Liao” さんとのコラボライブ。架空の絵本を仕上げて、未来につなげます。

以上、
うわ〜〜、てんこ盛りだ、、
頑張らねば。

イベント

◉ opening sketch『敷島。本の森』
5月10日(土)・11日(日) 11:00-16:00あたり
・2011年から始められた『敷島。本の森』。たくさんの本屋とコーヒー店が公園の松林に並びます。
小池アミイゴさんは公園内でスケッチを行い、その作品もギャラリーに並べます。


◉ ライブ

『baobab』~かぜつちうた
5月17日(土) 18:30 開演(開場 18:00)
チケット販売開始 : 4月17日(木) 10:00
料金 : 前売り_4,000円 当日_4,500円

大分県 山香にあるカテリーナの森を本拠地に
多彩なアコースティックサウンドを奏でつづける兄妹ユニット baobab の
待ちにまった フリッツ・アートセンター公演の実現です。


◉ ワークショップライブ
エリ・リャオ + ファルコン c/w 小池アミイゴ
6月28日(土) 18:30 開演(開場 18:00)
チケット販売開始 : 4月17日(木) 10:00
料金 : 前売り_3,000円 当日_3.500円

誰でも描ける簡単な絵のワークショップとライブ。
画材等すべてこちらで用意します。

小池アミイゴが「日本で一番すごい唄うたい」と推すエリ・リャオと盟友のギタリストファルコンを迎え、
唄にまつわる架空の絵本「うたうーさん」の世界を旅します。

小池アミイゴ
1962年 前橋市出身。イラストレーター・画家。一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ前理事長。長澤節主催のセツモードセミナーで絵と生き方を学ぶ。書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンなど音楽家との仕事も多数手がける。2000年以降は日本各地を巡り、地方発信のLIVEイベントや絵のワークショップを重ね、近年では、台湾など海外まで活動の場を広げる。
絵本に『とうだい』(斉藤倫 文 / 福音館書店)、『水曜日郵便局 うーこのてがみ』(KADOKAWA)、児童書の挿絵に、『小さな赤いめんどり』(アリソン・アトリー 作 / こぐま社)、『こぐまと星のハーモニカ』(赤羽根じゅんこ 作 / フレーベル館)などがある。
2022年、『はるのひ』(徳間書店)で第27回日本絵本賞を受賞した。


baobab
Maika : Vocal / Fiddle
Mirai Matsumoto : Vocal / Guitar etc…
https://www.baobab-csf.com

サポートメンバー
田辺玄/guitar
和田尚也/bass

2004年結成。Maika (歌 / fiddle) 、古楽器製作家でもある松本未來を中心としたアコースティックサウンドを奏でる兄妹ユニット。結成当初より大分県山香町を活動の拠点とし、小さな場から発信する音楽表現、ものづくりや土に根ざした生活の中から生まれる音づくりを続け、二人の音楽的ルーツであるトラッド、古楽、フォークを自由なアレンジとスタイルで生み出している。

2007年のニュージーランド全20公演の海外ツアーを経て4枚のアルバムをリリース。自主制作でつくられたアルバムはインディーシーンでロングセラーを記録。CM、映画への楽曲制作も行う。これまでに数多くのミュージシャンとも共演を重ねる。カテリーナの森で、森全体を自らデザインし、自然環境と人、音楽やアートと暮らしの融合をテーマにした音楽祭”Sing Bird Concert”を14年間主催してきた。その活動は多くの共感者を集め、地域からの表現発信の核となっている。
写真家・川内倫子とともに映像作品を制作。
2019年 baobab+haruka nakamura名義で「カナタ」を発表。
2022年5月、スコットランドツアーを敢行。
2024年 baobab 20周年の節目に土着をテーマにした待望のフルアルバム『かぜつちうた』を発表した。

◎ エリ・リャオ

https://eriliao.jimdofree.com

台湾・台北生まれ。東京大学文学部宗教学科卒業。同大学大学院から、コロンビア大学大学院芸術学科に編入。ルーツである台湾・タイヤル族についての研究をやめて、ずっと一番好きだった、歌をうたうことを人生のメインにと中退。
歌うのは、生まれ育った台湾の歌、日本の歌。新しい歌、古い歌。ジャズ、ポップス、ボサノバ、外国民謡、ニューヨークで習ったジャズ、沖縄・日本の民謡。自分のうた、友人のうた、すごいうた、言葉のないただの声 …. 好きな “うた” たち全部。



◎ ファルコン
(ハルカストリングス)
https://falconguitar.jimdofree.com

ボーダレスな分野で活躍するギタリストファルコン。
彼がコンボーズしエリ・リャオが歌う「ハルカストリング」は、ヴァイオリニストのマレー飛鳥主催の飛鳥ストリングス3名を迎え結成。エリ・リャオによる多言語の歌唱と多様な弦楽器が織りなすフォークロアな世界観を表現する室内楽編成のユニットとして、その演奏に出会ったすべての人に異次元の感動を与えています。2023年1st.アルバム『風の中の夢』を発表。

168ヶ月め_大船渡へ、能登へ。

2025 年 3 月 11 日 火曜日

今日は2011年3月11日から5,114日
730週4日
14年
168回目の11日です。

あの日から14年を振り返るどころではなく、
大船渡の山林火災で大変な思いをされている方への想像力を働かせる今です。

自分が東京で出会った大船渡出身の友人は、東日本大震災の津波でご実家が被害に遭い、いつか大船渡の力になれることを願い東京で働き、満を持して故郷にUターン。その後ご結婚されお子さんが生まれて今回の山林火災。
高台移転された家から小さなお子さんを連れて避難所に避難しているところで連絡が付きました。

避難解除が出て帰ってみるとご実家は無事だったとのことですが、沿岸部で被災され高台に移転された方の少なからずが大きな被害に遭っていることに、行き場の無い悲しみを感じてしまっているとのこと。

被災の対岸に暮らす自分ですが、あの日から14年経ってもまだまだやれること、やるべきことばかりだなと。
引き続き東北に心寄せてまいります。

アップした絵は2021年にフィールドワークした大船渡の風景。
「高台」と言われる場所にお家が何軒か並び、そこから見えるリアスの海では牡蠣の養殖の筏が並び、ボクの足元ではたくさんのフランスギクの白い花が太平洋からの風に揺れていました。
*その時のことはこちらに記しています> https://www.daihatsu.co.jp/lyu_action/book/no03/madowoakete03/

この美しい場所は被害に遭っていないだろうか?
時を見て、また足を運んでみるつもりでいます。

大船渡のみなさま、まずはご健康であられますよう心よりお祈り申し上げます。

自分は今「東日本_能登の杣径」と名付けた個展を開催中です。

昨年の元旦に発生した能登半島地震と9月の豪雨、その被害の深刻さに触れ、無力感に首まで浸かるも。それ以前に出会った豊かな能登への恋心のようなものにフォーカスし、描いた絵を展示しています。

連日足を運んで下さる方と能登にまつわる会話を重ね、描いた絵を指差し「この場所にはこんな思い出がある」とか、「ここにはこんな花が咲いていた」とか、「ここで会った人と見たものは」などなど、それは拙い経験でしかないのだけど、自分なりの「能登物語」をシェアする展覧会になっています。

言葉で伝えきれぬ能登の魅力を人に伝えられる、もしくは、言葉にしづらかったことを一枚の絵があるからこそ言葉できる、それは結局とてもイラストレーション的なことなんだろうな。

そんな絵1枚1枚をなぜ自分は描いたのか?

風景でも、花の絵でも、人の姿でも、自分の中の何かが共鳴して「描きたい!」と思うわけなんだけど、その「自分の中の何か」とはなんだろう?

何かを見るということは、実はそのほとんどすべては「自分に都合の良いものだけ」を選んで見ていたりするんだろうなと。
私たちは日々「見ているようで見ていない」と「見るとも無く見ている」繰り返して生きているはずで、そんな「見る」が「描きたい!」になる瞬間、自分の中の何と共鳴しているんだろう?

「都合の良いものだけ」を「生きるに足るものだけ」と置き換えると、より自分のやっていることに近づいた表現になるはずだけど、自分の場合は「描きたい!」から行き先を決めず描き始め、描きながら自分の中に埋まっているものと会話し、ある瞬間自分の中の何かと接続した瞬間、絵が完成するって感じです。

じゃあ「自分の中の何か」とはなんだろう?
それは子供の頃の穏やかな記憶だったり、ある時受けた心の痛みだったり、人を傷つけてしまった後悔だったり、息子が生まれてからしばらくの凪のような日々の記憶だったり、、
今なら、東日本大震災の被災地で出会ったことも、たとえば能登の風景をボクに見せてくれるスイッチになっているはず。

ただ、自分が描いた1枚の絵が、実際は自分の中のどんな記憶と接続しているのかは分からず。
なんだけど、でも確かに過去の何かとは接続している実感のある絵は、「分からない」からこそ答えを出すことの無い揺らぎを抱えたまま、自分と絵に向き合って下さる方との間に、優しく誠実な会話が出来る余白を作ってくれ、ボクはお客様と能登について、大船渡について、東日本について、時間が許す限り会話を続けられています。

このことは、自分の命が続く限り止まることはないだろうし、止めるつもりのないのです。

2枚目にアップした絵は、2017年5月に会津で出会った風景。

会津は自分が知る限り日本でも最も美しい光に出会える場所。
それを描くのはとても大変なことで、この風景を自分は何度も描いてきました。

東日本大震災の痛ましい被害の現場を歩き、そのリアルを自分の中に刻み込む作業の隣には、
描くべき美しいものとの出会いもあり、そのポジティブなマインドこそ、息子たち世代に渡してゆきたいものだと考える今です。

小池アミイゴ個展 東日本「能登の杣径」@青山space yui
2025年3月6日(木) – 15日(土) *休_9日(日)
12:00~19:00 *最終日~17:00マデ
space yui
〒107-0062 東京都 港区 南青山 3-4-11ハヤカワビル1階
TEL : 03-3479-5889