‘イラストレーション’ カテゴリーのアーカイブ

130ヶ月め

2022 年 1 月 11 日 火曜日


今日は2011年3月11日から3,959日、
565週4日
10年10ヶ月
130回めの11日です。

昨年末、吉祥寺のにじ画廊で開催した花の絵の展覧会「花とラブレター」
12月28日の最終日から2週間が経ち、
お客様やお力添えくださった皆さんからコロナ感染の報告は無く、
まずは無事に終えたことを有り難く感じております。

2階にあるギャラリーの換気のために、1階の雑貨店スペースのドアを開けっ放しにして、
寒さに耐えながらも現場を美しく守り続けてくれたスタッフの3人。ありがとね〜!

世の中が厳しい状況にある中、
ほんと多くの方に足を運んでいただけたことに心より感謝します。それでも、
1日の中でフとお客様が途切れる時間があります。
その時、自分が花の絵を描き始めた時からのことを振り返っていました。
2008年に仕事のあり方を変えてしまわねばと考え、

いくつかの今に繋がる出会いをきっかけに描き始めた花の絵。

2009年にあったいくつかの別れをきっかに、今に繋がる描き方を手にし、
12月に生まれた息子の成長と共に育ててきた花の絵。
2010年に日本の14ヶ所を巡らせ、
2011年3月11日には青森のコノハト茶葉店の夜の暗さの中で咲き、
4月に吉祥寺にじ画廊にたどり着いた花の絵は、
「人は絵というものを必要としているのだ」ということをボクに教えてくれ、
震災を目の前にしても、心をフリーズさせることなく絵を描く必然を与えてくれ、
ボクを東北方面に弾き飛ばす力にもなりました。
その後、青山のspace yui での6回の展覧会を生み、何冊かの絵本が生まれ、
何より、今暮らしている渋谷区の街の地べたに向ける視線が生まれ、
コロナの世界でも描くべきものを失うことない自分を育ててくれ、
10年後の吉祥寺にたどり着いた花の絵でした。
そうしたことのすべては「懐かしい」ものでは無く、
振り返ればつい先日のことのように、今も自分の中で息づいていることです。
もともと売るために描いているわけでは無い花の絵ですが、
にじ画廊でご縁をいただき旅立つことには、
ご購入いただく方と花の絵とで確かな物語があるように感じました。

店長のHさんも「カツブシのような絵」をひとつ。
彼女が現場に注いでくれた愛のおかげで生まれた「花の絵と人の物語」というものが、
確かにありました。そんな花の絵をめぐる物語は、やはりボクの明日を生きる力になるはずだし、
そうしてゆかねばならないとも思います。
一生分の「きれい〜✨」「かわいー✨」の言葉を頂いたレインボウな13日間。
今自分が作ることの出来る最も美しいものを創れた実感がありますが、

これもまた懐かしむことなく、次に繋げてゆきますね。。

Hさん、これからもこの展覧会に注いでくれたように、
Hさんらしい仕事を重ねていってくださいね〜

それで救われる人は、少なからずいますね。
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以下、2008年7月9日に書いたブログ。
大阪の喫茶ロカリテの店主さんに連れられ、初めて那須のSHOZO COFFEE に行った直後に書きました。
花の絵の発火点をあらためて発見し、あの時の新鮮な気持ちが今も変わらずあることを嬉しく思いました。

イラストレーターとしての仕事のあり方、
思いっきり見直さなきゃならない時代であるな~と思っています。 

これは音楽業界などに起こっていることと同じなんだけど、
それに比べたらあまりにも市場規模が小さいからね、
うかうかしてたらプイッと吹き飛ばされて終わりです。 

絵を描くことのホトンドの仕事は「見る」って作業であると、
ボクは思うのですね。 

そんなわけで日々見てます。
身体がついて行く限りは歩いたりもしてね。 

街や人の間に在ってボクの創るものがどんな役割を果たせるのか?
興味はつきないですね。 

中野
http://amigos.yakuin-records.com/?eid=680245 

沼津
http://amigos.yakuin-records.com/?eid=682007 

那須
http://amigos.yakuin-records.com/?eid=682769 


12月27日はキャンドルナイトでした。

震災直後の暗闇で考えたことを忘れずにいたいと思い、
大切な友人で、最近ソロアルバムを発表し、音楽の現場に帰ってきたチェルさんをお呼びし、
静かな時を共にし、これから生きるのに必要なものを想像した時間です。
それはこの10年で最も自分らしい行為のように感じました。

以下は震災から数日後に「灯」とタイトルをつけて書いたブログです。

東京は相変わらず余震が続き 

しかし 

いつもと変わらぬ日々が続いています 

昨日は井の頭通りでハナミズキが咲いているのを見ました 

甚大な被害を受けた土地にも春は来るね 

被災地で闘っているみなさん 

今日からしばらく続く寒さに凍えませんよう 

痛みや悲しみがちょっとでも癒されますよう 

被災地から離れたミンナからは 

「なにか出来ないか」という多くの声が届けられます 

そのたびにボクは 

「いま在る場所の灯りであるように」と伝えています 

被災地から遠く離れ 

震災の直接的な被害に遭わなくても 

心を痛める人がたくさんいます 

メデイアやネットからは 

それこそ津波のようにしてショッキングな情報が押し寄せ 

無責任な“つぶやき”とか蛮勇きわまりない言葉に呑み込まれたり 

もしくはポジティブで力強い言葉に対してさえ 

「ワタシハナニモデキナイ」てね 

気持ちを押しつぶしてしまう 

心の二次災害に巻き込まれているように感じています 

身近な方で 

わけもわからずナミダを流してしまっている人はいないだろうか? 

生きる気力を削がれそうになってしまう人はいないだろうか? 

そんなヒトリに出会った時 

「ともかくボクらは頑張らなければ!」なんて言葉と共に 

被災者と比べてしまったりしないだろうか? 

PTSDの判断を素人がするのは危険なのかもしれないけれど 

それでも 

恐怖にナミダすのは 

生き物として当たり前の防衛反応だよね 

ナミダは決してネガティブなモノじゃないぜってね 

ただただ話を聞いてあげたり 

温かな食べものや飲み物を一緒にとったり 

みなさんが今生活されている場所で 

小さな温もりを手渡たしてこうよ 

優し過ぎてチッポケで傷つきやすいヒトリだからこそ 

気がつきやれることはあるんだ 

無理せず1コ1コ 

そんな 

地震との闘い方もあるように感じています 

1人ヒトリが今在る場所の灯でありますよう 

今まで生きて来た中で最大の優しさでもって 

身近な愛しい人に小さな熱を手渡してゆこう 

やれやれ 

すごく遠い道のりだけど 

しかし 

それが廻り廻って被災地にも日本にも世界にも 

希望の灯りをともしてゆくことだと信じています 

今元気な人 

一緒に闘おう! 

今心が折れてしまっている人 

その辺に春が近づいてきてるぜ 

ゆっくり 

小さな温もりを絶やさぬよう育ててゆこうぜ 

アミイゴ 

2011 

PEACE!!

そして、
震災の直後の吉祥寺にじ画廊で開催した花の絵の展覧会「その辺でさいていた花」
最終日直後に書いたブログ。

吉祥寺にじ画廊でのボクの個展 

「その辺に咲いていた花」 

そして 

ワークショップ&LIVE「灯」 

昨日の20時まで咲き続き 

静かに終わりました 

想像をはるかに越えたお客様に足を運んで頂き 

さらに想像を越えたウレシいお言葉を預けて頂き 

次に進む力を得たと共に 

これから何を描きどう生きてゆくのか 

ハッキリとした手応えとして掴むことが出来ました 

ありがとうございました 

お1人おひとりへのお礼は 

ちょっと時間をかけて必ず 

今は頂いた身に余るLOVEを 

東北の地に注ぐことを考えています 

展覧会期間を通して感じ考えたこと 

後ほどコトバにしてみます 

東京から遠くに住まわれる多くの方と 

懇意にさせてもらっていますが 

ほとんどの方が来れなかった時間であります 

こういったことを東京で開催することで 

お気持ちに格差を作らぬこと 

これはイラストレーターとしての使命として 

これからも取組んでゆこうとも思います 

そして 

今まで以上に気持ちの敷居を感じさせない場所と作品を創り 

その辺で生きてゆこうと思います 

あれから10年。
コロナ感染がひと息ついたような瞬間での開催となった展覧会は、
喧騒の吉祥寺の街と壁ひとつ隔て、
心の静けさを求める人たちと静かに語り合える場所として機能出来たはずだし、
ボクが作ろうと思うものは、そうした人たちがひと息つき、
なにか大切なことを語り合うことの出来る、なんちゃーなく美しいものなんだと、
あらためて確認することが出来ました。
最後の写真は、この展覧会開催中のタイミングで、
被災した故郷岩手県大船渡の力になりたいとUターンするSさん。

彼女からうかがった被災の記憶は、
いくつかの花の絵を生み、
これからさらに花の絵を生み続けるはずです。

そう出来るよう、お互い元気でいようぜ!

2021
1216
to
1228
peace

この空間に含まれたすべての人が、
この展覧会の作品のようであったと思えた時。

そしてすべての花の絵が、
これまで出会ってきた愛しき人の姿と重なった愛しき時。

ありがとう。

12/16~吉祥寺にじ画廊で花の絵の展覧会開催

2021 年 12 月 16 日 木曜日


小池アミイゴ花の絵の展覧会「花とラブレター」

吉祥寺 にじ画廊
2021年12月16日(木) – 28日(火)
12:00~20:00

〒180‐0004
東京都武蔵野市吉祥寺本町2‐2‐10 (JR中央線 吉祥寺駅より徒歩4分)
tel : 0422-21-2177
nijigaro@gmail.com
http://nijigaro.com

2008年から描き始めた花の絵。
震災直後の2011年4月以来10年ぶりににじ画廊の壁面に咲かせます。

=在廊予定=
12月16日(木)_終日在廊します。
12月17日(金)_16時より在廊いたします。
12月18日(土)_15時より在廊いたします。
12月19日(日)_12時より在廊予定でいます。
12月20日(月)_15時~
12月21日(火)_15時~
12月22日(水)_15時~
12月23日(木)_12時~14時、17時~
12月24日(金)_12時~20時
12月25日(土)_13時~20時
12月26日(日)_13時~20時
12月27日 (月)_15時~20時*18:30~19:30はキャンドルナイトのため予約者のみのご案内になります。
12月28日(火)_13時~20時*最終日です。
その後の予定も随時お伝えしてまいります。

=イベント=

1) 花の絵と言葉の往復書簡
会場に便箋と便箋を投函出来るポストを設置しておきます
もし気になる花の絵があったら、そのお気持ちを手紙を書いて、
ポストに入れてください。
その手紙に対して、ボクがまた花の絵を描き、
1月に予定している「装幀夜話」という展覧会に出品します。


2)*12月27日_キャンドルナイト_こちら定員に達し予約を締め切りました。
・18:30-19:30
上記の時間は予約者のみのご入場となります。
ご来場いただけない方には、配信など考えておりますので、
その際は改めてお伝えしてまいります。

ギャラリーの照明を落としキャンドルを灯します。
ゲストにシンガーソングライターのチェルさんをお迎えし、
彼女の深く静かな歌と共に、過ぎ行く時を思い、
新たな年を心穏やかに迎える時を創ります。

・参加費_無料
・定員_定員に達し予約を締め切りました。

10年前の震災の直後、東京の街が暗くなっていた時考えた大切なこと、
それを次の10年でも忘れないでいたいなと願い、試みます。

ゲストのチェルさん。

かつて2人組みのPoPoyansとして活躍していた時、
表現の現場作りでアイデアを交換しあったり、
地方の小さな店に歌を届けにいったりをした人。

10年ちょっと前、いくつか一緒に作ってきたライブは、
人に対する愛と高い志の詰まった、屈指の表現の現場だったはずです。

ただ、それでもやり切れていなかったであろうことを、
今、それぞれ人生の経験を積んだ今行う意義を感じています。

*コロナの状況によっては、入廊制限を儲ける可能性があります。
詳細情報は引き続きこちらでお伝えしてまいります。

その他イベントがあれば、随時更新してまいります。


この展覧会の始まりはどこだろうか、
ちょっと振り返ってみます。

2008年7月、
大阪北堀江にあった喫茶ロカリテの店主夫婦に誘われ、
栃木県那須黒磯のSHOZO COFFEE に行きました。

ロカリテはとても美しいお店でしたが、
それ以上に、そこに集う人たちと構築した静かなる信頼関係が、
この店の魅力でありました。

そんな場所を営む人と共に向かった珈琲屋は、
細部に美意識に息づく場所でした。

ロカリテのご夫婦と、良い店ってどんなことだろうなんた語りながら、
絵を描くボクは、ここに置かれるべき絵はどんなんだろう?と考え、
花を描いてみることにしました。

しかしすぐには思うような絵は描けず、
なんだかカッコつけた花の絵ばかり生まれちゃって…
それはそのまま自分の姿のように思えてね、
このままじゃダメだと。

今振り返れば、
誰に向けてどんな必然で描くのか、

その部分が欠けていたはずです。

2009年。
1月に友人に向けて描いた菜の花の絵がありました。

福岡の滞在中、友人がかなり厳しい状況にあるという連絡を受けました。
自分に何が出来るのか考えながら東京に戻ると、
食べようと思って水に挿していた菜の花が、キッチンの窓際で咲いていました。

「ああこれだ」とだけ思い、板にアクリル絵の具で描いた絵が、
ボクの花の絵の本当の始まりになりました。

この年は「色々あった」としか言いようのない1年で、
「何かあった」度に、それを体に刻むようにして花の絵を描いてゆきました。

ひとつボクを高めてくれたのは5月。
福岡に行くと必ず寄る珈琲屋「美美」の店内に飾ってあった花の絵です。
シンプルな画面に力強さと優しさが溢れる、しかし「無欲」という言葉の似合う花の絵。

それは1月にボクが描いた菜の花の絵に対し、
「おまえはそれでいいんだ」と肯定してくれてるように思えた絵でもありました。

その直後、家のベランダで咲いていたカモミールの花の絵を描いてみました。

沢山の花を咲かせる生命力溢れる姿を追いかけ筆を走らせるも、
自分が本当に見ているものと一致せず、小さなが画面の中で描いては消しての繰り返し。

結局花1輪だけにフォーカスしてみたら、
自分の見ているものに手が届いたような感覚を得ました。

それは、ボクが自分の身の回りの世界をどう見ていたのかを気がつかせてくれる、
静かな絵となり、今は福岡市内の小さな花屋に嫁いでおります。

つづく


10年前のにじ画廊での花の絵の展覧会でのエピソード。
2011年5月3日にブログに掲載した記事を、ちょっと書き直して再掲載します。

「まさおおじさん」

にじ画廊にまさおおじさんが来た。

20何年か前の脳梗塞のせいで右腕しか使えないくせして、
ボクの父親とカツミおじさんを三菱の軽ワゴンに乗せ、
スヌーピーのTシャツ着て群馬からカッ飛んで来た。

にじ画廊の50mほど手前の駐車場から杖をついて、
足を引きずりノシノシと、
日曜日の人ごみを掻き分け、5分かけて到着。

かわいいグッズが並ぶ店内に入り、
2階のギャラリーへの階段を見ると、
「ダメだ、手すりがついてねえから登れねえ」って。

「無理してケガしたら人様の迷惑になっちまう」って。

まさおおじさんは気遣うギャラリースタッフを制して、

「アニキたちで見てこいや」「しょうがねえ」と、
1階の奥の事務所で座って待ってることになった。

「俺のことは気にすんな」と語るおじさんに茶を出し、
ドアを閉める瞬間の心苦しさ。

これは一生忘れられないと思ったよ。

実際に2階で父らと絵を見ても、ただ気まずいだけでね。

そうしているとにじ画廊のスタッフちゃんがやってきて、
「外の階段なら手すりがあるので、それを使ってギャラリーの裏口から入ってもらいましょう」と。

そんなことして大丈夫なのかと心配するボクには、笑顔で「だいじょぶです」と、
展示してある桜の花の絵を外し、ホワイトボードを動かすとドアが隠れていた。

ボクよりずっと若い女性スタッフさんの機転で、5月の吉祥に向け開け放たれたドア。

それはボクらがこれから向かうべき世界への扉なんだと思った。

マサオおじさんは外の階段を一段一段ノッシノッシと登ってくる。
ボクは「もしも」のために後ろで構える。

5分くらいかけて2階へ。
花の絵の間からおじさん、遂にギャラリーへ。

「その辺に咲いていた花」と名付けた展覧会
スヌーピーのTシャツ着たマサオおじさんがやって来てくれた。

三男の父、四男のカツミおじさん、末っ子のマサオおじさん
大の男が3人、花の絵を見ている。

百姓と農業機械の整備が生業にしてきたまさおおじさんは、
「あれはスズナ」「あれはサクラソウ」と、ボクの描いた花の名前を次々に言い当て、
その花はどうすれば元気に咲くのかとか、やっぱり日本固有の花が可憐でキレイだとか、
滑舌の悪い群馬弁で語ってくれた。

おじさんはカッコいいことをひとつも言わないけど、
その辺でカッコいいことばっか言ってるヤツらより数億倍カッコいいと思ったぜ。

この日より22年前の夏。
26才のボクがムチャして入院した時も、群馬から東京へ片手運転で駆けつけてくれ、

ボク以外お年寄りばかり8名入院する病室に、
そこの誰よりも重症患者のような姿でノッシノッシと入ってくると、
「オメーもこうなっちゃお終いだぞ!」と大声でボクを叱り飛ばす。

でもって、
「無病息災って言うけどな、これからは1病息災くれーがいいんだ」って、
麻痺した口で啖呵を飛ばし、病室のみんなを笑わせてくれた。

そうしてボクは今も生きている。

地元のウドンと酒をみやげに置いてくれ、男3人兄弟が帰る時間になった。

やはり脳梗塞を患い上手く動けないでいるボクの父が、買い物でモタモタしてると、
「オラァー先に車に行ってらぁー」とまさおおじさん。

 

よく晴れた5月の日曜午後2時の吉祥寺。「昭和通り」と呼ばれるにじ画廊前の通りは、
「被災」のあっち側で自由を謳歌する、若くオシャレな人たちでごった返している。

そこをノッシノッシと分け入ってゆく、スヌーピーのTシャツを着たおじさん。

ガツっと日焼けした顔に薄くなった頭、スヌーピーのTシャツは黄ばんでいる。

前をから歩いてきたカップルがおじさんに気がつき、
ビックリしたように、もしくは見なかったことのようにして、ヒョイと道を空ける。

ボクはおじさんの後ろ姿を見ている。

百姓と機械整備でデカク育った背中の筋肉は、
麻痺した左足の細さとの対比もあって、山のように見える。

そんな背中がノッシノッシと昭和通りを行く。

それは底抜けに美しい姿だ。

圧倒的にカッコいい風景だ。

 

ボクはちょっと泣いていたはずだけど、
それは誰にも気付かれちゃいけないことだと、
強い西日に表情を隠し、おじさんの背中を追いかけた。

おじさんは三菱軽ワゴンの運転席に乗り込むと、
ボクの方を振り向かぬまま(もしくは麻痺で振り向けない?)右手をヒョイと上げ、
1万円札をヒラヒラさせながら「これでウマいもんでも食えや」だって。

それは絵を描き続けてきた中で、最高のご褒美なんだと思い、

ボクもおじさんのように、その辺で生きてゆくんだと思ったんだ。

つづく

花の旅

今回の展覧会は、3月に青山のspace yui から始まり、
8月に福島県白河市のSHOZO COFFEE、
9月に福島市の食堂ヒトトと旅をしてきました。

ここ5年間、昨年までの毎年の年末に、
「小池花店」と名付けられた花の絵の展覧会を開催してきましたが、
その流れが途絶えた今年、
偶然にも年末のにじ画廊で花の絵の展覧会を開催することになりました。

10年前の春のにじ画廊での花の絵の展覧会「その辺に咲いていた花」は、
2010年3月に地元渋谷区のカフェ”ルシャレ”からスタートし、
以下の場所を1年ちょっとかけて巡り、
東日本大震災を経て、にじ画廊にたどり着きました。

・渋谷区富ヶ谷天然酵母パンのルヴァンのカフェ“ルシャレ”

・佐賀県唐津市のヌフ・ベーカリーカフェ

・宮崎県日向市のnap cafe

・栃木県那須塩原市黒磯のCAFE SHOZO

・東京吉祥寺キチムの Localite

・長崎県諫早市のORNAGE SPICE

・福岡市周船寺のcafe de Hina

・福岡県北九州市のcafe cream

・千葉県習志野市のギャラリー林檎の木

・福岡市薬院の花屋 cache-cache

・鳥取市の食堂 カルン

・大分県大分市アートプラザでのbaobab LIVE

・京都市北区の SOLE CAFE

・青森市のコノハト茶葉店

日本の14箇所を巡り、3月11日に青森のコノハト茶葉店で被災。

「こんな花の絵など誰が見に来るんだろう?」と悩んだ展覧会は、
震災から40日めの2011年4月21日に初日を迎えました。

設営の時はまだ余震が頻発していましたが、
ここまでに至る14箇所で出会った人たちの存在が、
とても、とても、心の支えになってくれた記憶があります。

10年経って無くなってしまったお店もありますが、
それぞれの場所でそれぞれの奮闘を見せてくれた仲間の存在は、
今もボクのものづくりを思いっきり支え続けてくれています。

14箇所の仲間たちを巡り手渡されたマインドのバトンは、
震災を乗り越え絵を描き続ける想像力をボクに与えてくれ、
展覧会が終わると、ボクは東北に向かうようになります。

この10年、西日本の方々とお会いすする頻度は減ってしまいましたが、
みなさんから頂いたものづくりの種は、今も発芽し続けているのです。

「こんな花の絵など誰が見に来るんだろう?」と悩んだ10年前の展覧会は、
意外や、多くの方が足を運んでくださり、
人によっては絵の前で涙を流される方もありました。

「自分の描いたもので人が涙する?」

その意味は1人ひとりの中に埋まっているもので、
ボクがなにか代弁できるものではありません。

しかしその涙は、日本の各地を巡ってボクの手元に届いた花の種を発芽させるだけの力を持ち、
ボクはその後10年、相変わらずその辺で咲いている花の絵を描き続けているのであります。

つづく。

忘れな草をあなたへ

2014年2月の記事を、一部文章を修正し再掲載します。tis-amigos-koike-medium-3

今日、横浜仲町台での展覧会で”忘れな草を描いた絵”が売れました。

午後に予定より遅れてギャラリーに着くと、
スタッフさんから絵の購入希望でお待ちの女性を紹介されました。

初めましてのその女性は、

この展覧会はギャラリーからのDMで知ったとのこと。

購入希望の絵をうかがうと、「忘れな草」の絵だとのこと、

その女性の落ち着いた佇まいやコーディネートの印象が、
ボクが描いた絵と実にお似合いではないかと思ったボクは、
この方がこの絵を買ってくれるということに、
今まで味わったことの無い「安心感」のようなものを感じました。

「なぜこの絵を選びましたか?」
というボクの質問に、

「気に入った絵全部、1枚1枚と会話してみたんです」って。

うれしいなあー。

ボクは「東日本」という展覧会を、
そこで偶然出会った人と人の会話の現場にしたいと願い、
また、そうすることでこの展覧会も完成するのだと考えてきました。

それを今日であったばかりの「初めまして」の方が、
ボクの望む最上の方法でこの現場を楽しまれ、
1枚の絵を購入さえしてくれた喜び。

そもそも安い買い物ではないはずのボクの絵を、
見ず知らずの方がご購入下さるなんてことからして、
思いもよらぬことなんです。

直前の東京青山での展示には出品しなかったこの絵は、
自分にとってアウエーな横浜仲町台で、
「東日本」という痛いタイトルの展覧会に対し、
テンダネスを与えてくれるだろうって考え、
搬入準備の最後に手に取り持ってきたものでありました。

その女性と一期一会な出会いの喜びを分かち合いながら、

「どちらからお越しですか?」と質問してみると、

「葉山です」と彼女。

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この絵を描いたのは2011年3月11日の震災直後。

3月11日の手前で誰かから頂いた花束から、
しおれ始めた花を間引いて、花瓶にさしていた忘れな草です。。

震災から8日後、
もともと予定していた帰省で、カミサンの実家の北九州へ。

東日本の様子が不透明だったので、カミサンと息子は滞在を延長。
ボクは5日間の滞在の後、1人で東京に戻りました。

大きな余震が続いていた東京の家に着くと、
4月を目の前にしても、まだ冷たい空気に包まれたままの部屋で、
ボクは忘れな草がさらに枝を伸ばし花を咲かせているのを見つけました。

「おまえ、よくがんばっていたなあ〜」って思い、

そのけなげな美しさと儚さに心をわしづかみされ、
震災から続く夜の暗闇の中、
4月末ににじ画廊で開催予定の「その辺に咲いていた花」と名付けた展覧会のため、
“生き残り”の忘れな草を描きました。

その直後、永井宏さんの訃報は届きました。

美術家で文筆家で音楽家で、
自由と恋愛を愛し59歳で逝ってしまった永井さん。

ボクは人生の節目節目で永井さんから気にかけて頂き、
なんだろな、ちょっと似たとこあるのかな、どうかな、、
そんなフワッとした心地よい距離感を保ちながら、
氏の活躍を追いかけていた関係でありました。

忘れな草を描こうと思うに至ったインスピレーションは、
永井宏さんがボクに届けて下さったものなのではないかと勝手に思い、
描き終えたはずの絵にさらに手を加え、
「永井宏さんに捧げる」とメモして額装しました。

そんな秘めた経緯は今まで口にしたことはなかったのだけど、
絵を購入された方が忘れな草の絵ととてもお似合いで、
しかも絵と会話までして選んでくれたということがうれしくてね。
ボクは「これは、葉山に住まわれ、絵を描いたり本を出版したりしていたけど、
震災の年に亡くなってしまった方に捧げた絵なんすよ、」なんて話してみたのです。

すると、
「その方、もしかしたら私の患者さんかも、」と、

ボクが永井さんの名前を語ると、

「はい、永井さんの最後の治療を担当していたのは、わたしです、」

絶句。

そして涙…

その方は葉山で開業医をされていて、
永井さんの治療の一翼を担われていた方だったのです。

彼女に、ボクが永井さんと初めて出会った場所は、
このギャラリーの企画を担っている、青山のspace yui であることを伝え、
「この絵はあなたに手渡されるために描かれたんですね」と。

「奇跡」や「サプライズ」という言葉が苦手なボクは、
今日のこのことをどんな言葉で表そうかと考えました。

ボクは青春のある時期に絵を描き始め、長沢節という美意識を浴び、
数多の先輩イラストレーターの方々に生きる厳しさ学んだことで、
青山のyuiという美意識の場所で、永井宏という恋する心に出会うことが出来た。

そういったことの1つひとつは
ボクに”生き残りの忘れな草”を見る目を与えてくれ、
出会いの喜びは震災のリアルと拮抗しながらも、
ボクに1枚の絵を描かせた。

その絵は2年前にyuiの壁を飾ったけれど、
今年の冬は、そこを飛び越え、仲町台の空間を飾った。

それを永井さんに縁の深い方が手にしてくれた。

必然の先にさらに必然が、
偶然やって来てくれた。

ボクはこれほど絵を描いてきて良かったと思えた瞬間は無く、
それはボクが生きてきた意味を裏付けてくれるものだとさえ思いました。

今ボクが死んでしまっても
「あいつはこんな絵を描いたヤツだった」って語ってもらえるような一枚の絵。

もちろん、ボクは今は死ぬ訳にはゆかず、
今日手にした喜びを抱え、仲町台での残りの会期を過ごし、
小池アミイゴ個展「東日本」西日本ツアーで、さらに心の体力をつけ、
いつの日か東北の方にも喜んで頂けるものを創り育ててゆきたい。

そんな表現の旅の足場になるのは、
忘れな草と永井さんと女医さんとボクの間で生まれた
ささやかな出会いと別れのヨロコビの記憶。

ボクが震災後の世界に求めていたのは、
もしくは「東日本」を巡り構築したかったことは、
今日のこの出会いと分かれのヨロコビに集約されているのかもしれない。

忘れな草の絵の婿入り先となった方との別れの時、
「握手しますか」と言ってみたけど、自然とハグになった。

永井さん、
あなたの夢見た世界はこんなじゃないかったかな?

そしてyuiの木村さん
あなたの創りたい世界はこんなじゃないかな?

イラストレーションの仕事の締め切りがあるため、
午後3時過ぎにはギャラリーを後にするも、
ギャラリーからの角を曲がってすぐの花屋の軒先で、
ハッハッハ、
これは笑っちゃうよな〜

210円で売られている忘れな草と目が合ってしまったよ。
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そんな初恋の成れの果てのような花を抱え、
帰りの電車に飛び乗るも、それは逆方向、、

次の駅で降りて、
駅のホームのベンチでお客さんからの差し入れのドーナツを食いながら、
折り返しの電車を待っていたんだ。

2014
0226
PEACE!!

選挙ポスター

2021 年 10 月 22 日 金曜日

近所のコーヒー屋に頼まれて作ったA4のポスター
ダウンロードしてその辺に貼ってもらえたらいいね。

こっちはインスタ版です。

127ヶ月め

2021 年 10 月 11 日 月曜日


今日な2011年3月11日から3,867日
552週3日
10年7ヶ月
127回めの11日です。

福島県浪江町の水田跡地に繁殖した準絶滅危惧種に指定されているミズアオイの群生を、
40号の板に描きました。
震災から10年目の夏、農薬の使われぬ耕作放棄地だからこそ繁殖したという報道を、
福島県立博物館の学芸員さんが嬉しそうにSNSでシェアしているのを見て、
これは見てみたいなと、朝いちの常磐線特急ひたちに飛び乗り浪江町まで。
常磐線沿線はいわき駅までは何度も来ていたのですが、
それより北は震災からの復旧が進まなかったことや、
原発事故からの復旧過程を興味本位で見ることを避けたい気持ちもあって、
立ち入るタイミングを探っていました。

昨年3月14日、富岡―浪江間(20.8キロ)で運転を再開し、
9年ぶりに全線がつながったとのこと。
富岡の桜並木に久々再会した富岡出身者の姿が報道されたこともあり、
今回このタミングで北に弾け飛んでいった感じです。「初めまして」の いわき駅より北側の土地。
田んぼが綺麗だ〜

海も綺麗だ、太平洋だ〜


人の手の入った景観も美しく、
10年数ヶ月前に人々がどんな思いでこの土地に暮らしていたのか、
ほんとわずかではあるけれど、想像出来ました。上野駅から3時間15分で浪江駅。新型コロナウイルスの感染拡大は収束傾向にあるとは言え、
あまり人と接すること無く着いた街は、
光う溢れる伸びやかで気持ちの良い土地でした。

未だ帰宅出来ぬ人、帰宅を諦めた人、この町で生活を再開された人、
あらゆる立場のある人に対する想像力が追いつかずにいる自分ですが、
ここで暮らしていた人にどれだけ愛されていた土地なのかは、
他の美しき土地を巡ってきた経験から想像出来ます。


そして、やはり実際足を運ぶことで、
これまでは報道の望遠レンズの中霞んでしか見えていなかった土地が、
色彩を帯びた熱のあるものとして感じられることは、大きいなあ。

これは、もの心ついた時からモノクロの写真の中にしか存在しなかった熊本県の水俣に、
実際に行ってみた時に起きた変化と一緒。

想像を絶する苦難に襲われた土地について、
ボクはその痛みを想像することを止めることはありません。

しかし、それと同時に当たり前にあった、もしくは今当たり前になりつつある生きる喜び、
そんなものを発見し、自分の中で大切に育ててゆくようなこともやらねばです。


それはどういうことだろうかと、たとえば、田んぼに自生した花を描いてみて、
でもそれはカッコつけた自分の姿に見えたりして、「あ、これは違うな」と塗りつぶし、
また描き、また塗り潰しまた描く。
そんなことを繰り返すことでやっと、風景の中に潜む人の気配や生きるに手が届く。
そんな作業をこれからも繰り返しゆきます。


でないとね、
土地に根付き暮らしてこられた方は、チャラいの簡単に見破ってしまうからね、、
ともかく、会話の糸口になる小さなひと言がこぼれ落ちてくるまで、
カッコつけの自分を塗りつぶしてゆきますよ。

浪江町での滞在は40分ちょっと。
(常磐線のダイヤの都合もあるし、地域にコロナの心配をかけたくないのもあるしね)
しかし、
震災以前に自分が使っていた電気がどんなものであったのか、

あらためて知ることが出来たし、
では自分が生きてゆくのに足るものはなんだろうって、
あらためて考える旅になりました。

名物の浪江焼きそば、そしてシラス丼、
次は堪能させてもらいますね〜!帰り道、
何度も足を運んできたいわき市の薄磯ビーチから塩屋崎灯台、豊間ビーチとフィールドワーク。

ここもまた絵にしてみよう。

しかし、10年前は水鳥の足跡だけだったビーチが。
そろそろ息子と一緒に来てみようか。


あらためて、
今回描いた絵は現在開催中の展覧会に出展しています。
ただ花を描いてあるだけの絵ですが、
ご自身の中にあるなにか大切なものと会話してもらうきっかけになればいいなと、
願っております。

WAVE TOKYO 2021
日時 2021年10月9日(土)~17日(日)
会場 3331 Arts Chiyoda
〒101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11−14
入場料1,000円をお願いいたします。
参加作家
赤 赤津ミワコ 秋元机 朝倉世界一 浅野忠信 鮎川陽子 荒井良二 安齋肇 anna choi 飯田淳 ikik 石浦克(TGB design.) 伊藤桂司 井上嗣也 岩間有希 牛木匡憲 後智仁 宇野亞喜良 瓜生太郎 AC部 越前菜都子 大津萌乃 岡田将充(OMD) オカダミカ 小川泰 小岐須雅之 沖冲. ONO-CHAN 角田麻有 片桐仁 加藤崇亮 川口育 川元陽子 管弘志 薬指ささく くまあやこ くるはらきみ 小池アミイゴ 古塔つみ 小林紗織 サイトウユウスケ 坂口隼人 櫻井万里明 佐々木香菜子 笹部紀成 佐藤ブライアン勝彦 SARUME ジェニーカオリ 七戸優 島田萌 しりあがり寿 スガミカ 須川まきこ 須田浩介 snAwk 空山基 高木真希人 高橋キンタロー 竹井千佳 田名網敬一 田中麻記子 dbstr タムラフキコ Dunkwell 都築まゆ美 tupera tupera 手島領 寺田克也 TERRY JOHNSON 時吉あきな 友沢こたお とろろ園 長嶋五郎 中島友太 長野剛 中原昌也 中村幸子 那須慶子 抜水摩耶 根本敬 野々上聡人 長谷川雅子 HAMADARAKA(EmuArizono/EruArizono) Bioletti Alessandro  平井豊果 ヒロ杉山 VJ Technova POOL 藤田淑子 藤本巧 古川じゅんこ 本田誠 前田麦 牧かほり マスダカルシ 益山航士 真々田ことり 水野健一郎 ミヤギユカリ 本秀康 森口裕二 矢野恵司 山口はるみ 山崎由紀子 雪下まゆ ユムラタラ 横尾美美 吉實恵 吉田ユニ 吉村宗浩 米原康正

125ヶ月め

2021 年 8 月 11 日 水曜日


今日は2011年3月11日より3,806日
543週5日
10年5ヶ月
125回目の11日です。

今日は絵本「はるのひ」原画展の初日のため三重県四日市に来ています。

午前午後と、子どもたちとの絵遊びの時間を設けています。
コロナの閉塞感の中、感染対策は万全に行いながらも、
子どもたちの気持ちが解放されてゆくような、
付き添いのお母さんたちの心が少しでもほぐされるような時間にしてみます。

絵は、毎年参加している熊本でのチャリティーのために、
水彩絵の具で色紙に描いた朝顔の花。

家のベランダですくすく育ち、たくさんの花をつけてくれている朝顔。

コロナの感染拡大が止まらぬ夏に、
植物が成長する姿から感じるしなやかで伸びやかな力強さは、
自粛を強いられる日々を生きる力になっているようです。

チャリティーの詳細は以下をご参照くださいませ。

+++

 各界で活躍中の皆さまから色紙や小品約170点が寄せられました。
展示、公開抽選の上、販売します。益金は熊本善意銀行を通じて社会福祉に役立てます。
入場無料。
【会期】8月18日(水)~22日(日)午前10時~午後6時
【会場】鶴屋ふれあいギャラリー(東館8階)
【申し込み】会場で申込用紙(5枚組み・300円)を購入。
希望の作品番号、氏名、電話番号を記入して会場内の投票箱へ。
最終日の22日は午後5時で締め切り。
【公開抽選会】8月23日(月)午前10時半、会場で。
       ※当選者は新聞紙面に氏名を掲載。
【発表】 8月24日(火)付の熊日朝刊。
【価格】 1点8千円(額付き)
【作品渡し】8月23日(月)は午後2時~同4時に会場で。
8月24日、25日は午前10時~午後6時まで熊日本社事業局(熊本市中央区世安町)で。
申込用紙の半券および代金と引き換え。

+++

こんなポストをしている最中に、
熊本日日新聞が9月いっぱいで夕刊を休刊させるとのネットニュースが浮上。
社会のあり方が変化する中、どれだけしなやかな感性を身につけられるのか、
これからも地方で出会う生きるアイデアを追いかけてゆこうと思います。

オリンピックの開会式、閉会式を見て、さらに強く、
日本のローカルに生きる文化を大切にしないと大変なことになると思ったのです。

絵はマラソン男子優勝のケニアのキプチョゲ。

#手紙にしよう

2021 年 8 月 3 日 火曜日


この夏、水彩でハイビスカスなど描いてみました。
さらにヒマワリの絵も描き、
しかし、どちらもバッサリ切り抜いて、

#手紙にしよう のサイトで↓
https://andpost.jp/project/tegami.html

ダウンロード・フリー!

コロナで未だ会えぬ夏の
暑中見舞いや残暑見舞いにお使いくださいませ。

使用例1

使用例2
うちの6年生男子描く。

四日市のメリーゴーランドで「はるのひ」原画展開催

2021 年 8 月 3 日 火曜日

三重県四日市の子どもの本の専門店”メリーゴーランド“で、
絵本「はるのひ」の原画展を開催します。

初日8月11日には「だれにでも描ける似顔絵ワークショップ」開催。

コロナ感染に気をつけたやり方で、
しかし、めちゃくちゃ楽しいやり方でやりますので、
夏の思い出に、ぜひ!


良い絵本!

SHOZO SHIRAKAWA で花の絵の展覧会開催

2021 年 8 月 3 日 火曜日

「花とラブレター」小池アミイゴ 花の絵の展覧会
8/1〜15 (8/5休み) SHOZO SHIRAKAWA

8月1日と8月15日に

南湖の風景をだれでも美しく描けるワークショップ開催。

詳しくはSHOZO SHIRAKAWAのインスタでご確認くださいませ
2008年に友人連れられ初めて訪れたSHOZO
ここに飾る絵はどんなだろうと考え、
花の絵を描きはじめて、色々あって、
5年前に黒磯のSHOZOで展覧会を開き、
また色々あって、
今回、
美しすぎるSHOZO SHIRAKAWAの空間で
静かな時を作ります。
県を跨ぐ移動は気をつけなければいけませんが、
福島の方に喜んで頂けたら何よりです。
〒961-0812 福島県白河市南湖14
TEL 0248-21-6828
OPNE 10:00~17:00 (LO16:00)

福島県郡山で『小池アミイゴ絵本の原画と花の絵の展覧会』

2021 年 6 月 11 日 金曜日


『小池アミイゴ 絵本の原画と花の絵の展覧会』
2021年6月3日(木)~7月4日(日)

みどり書房TSUTAYA桑野店内(エクセルシオールカフェ前スペース)
OPEN_9:00-24:00
福島県郡山市下亀田16-16 ・TEL:024-939-0047

3年前にリリースした絵本「うーこのてがみ」を熱烈に愛してくださる、
福島県郡山の書店、みどり書房さんからご縁をいただき、
絵本の原画展と花の絵、そして福島の風景を描いた絵なども混ぜた展示を行っています。

会場には段ボール屋さんがこしらえてくれた”うーこ郵便局ポスト“が置かれています。
絵本「うーこのてがみ」をご購入の方が、
お名前と連絡先を書いた手紙をこのポストに投函してくれたら、
ボクのサイン入りポストカードが届く、
そんなうれしいワルダクミを考えてくれました。

みどり書房さんのインスタでは、ボクが熱く語っているIGTV配信開始。
https://www.instagram.com/midorisyobou_ehonnomori/

コロナ禍でも何か出来ないかと願う、現場の皆さんの「必死」に答えてますよ〜。

さらに、
出版社から著作権の確認をしてくれた上で、
ボクの絵本の読み語りも随時配信してくれます。

アミイゴさんの『読み語り』動画配信スケジュール/著作権許諾済み
①『とうだい』作・斉藤倫 絵・小池アミイゴ 福音館書店
6月12日(土)12時〜0時

②『水曜日郵便局うーこのてがみ』 小池アミイゴ 角川書店
6月19日(土)12時〜0時

③『はるのひ』小池アミイゴ 徳間書店
6月26(土)12時〜0時

①②③→3冊post
7月3日(土)12時〜0時

*読み語りは記載の時間限定での配信になります。

TUTAYAと提携した大きな書店 みどり書房ですが、
その創業からの物語を、先代の会長さんからうかがうと、
なるほど!志を貫き今を生き残る熱い思いが伝わってきます。

今は、さらに未来を見据えて、
絵本がズラッと並ぶ綺麗な本棚を併設させたパン屋を開業。

地域の文化と食の起点となるべく奮闘されています。

そんな場所で絵本の原画展を開催させていただけること、
とても有り難いことであり、今後もこのご縁を深めて行けたらと願っております。