遠くに煙がみえたので
ぼくはそれに向かって歩き出した

小学校の帰り道
季節は秋が深まったころ
時間は午後4時くらい

決められた通学路を外れ
私鉄の線路を家の方に向かって歩いていた時
左手の方
方位で言えば南の方

ボクは線路から田んぼへの土手を下り
デコボコした土に足をとられながら煙に向かい突き進む
足の裏に切り取られ残された茎根っこがグシュっと潰れるのを感じる

舞い上がる土ぼこりの匂いに
夏の記憶が一瞬沸き上がり
しかしすぐに消える

紅葉したあぜ道の草が風に揺れ
風景の輪郭を曖昧なものにする

桑の木に絡み付き立ち枯れたつる草が
ザワザワと音をたてると
その上を三羽の鴨が数回の羽ばたきで滑空してゆくのが見えた

そのさらに上には渡り鳥の群れの幾何学模様が
ボクの進むべき方に向け飛び去ってゆくのが見える

そのさらに上にはウロコ雲
そして野焼きの炎に炙られたかのうような黒さの
まっ青な空

煙はさらに勢いを増したように立ちのぼり
その先っぽで風にさらわれ真っ黒な青に交わり
消えて無くなる

カラスの鳴く声にハッとして
耳をすませば誰かの家の飼い犬が激しく吠え続けているのに気が付く

高い畦を空に向かって飛び降りた

着地で手の平を茎根っこに刺して出血

血を舐めながら歩いてゆくと
空に夕焼けの色が混じり始めているのに気が付く

そして夕焼け色は淡いピンク色したウロコ雲を吹き散らすようにして
強烈な力で世界をオレンジ色に染め上げた

ぼくも「この世にボクなど存在しない」と言わんばかりの
オレンジ色に染め上げられる

煙が見える

その手前に黒を見る
黒はボクの歩く早さの2倍の早さで目の前に広がる

小さな神社の小さな森は
今やオレンジ色に染まった世界に真っ黒な口を開け
ぼくを呑み込もうとしている

ぼくは走る

走る

走ってナニかがスネやホホに当たるのに気が付くが
走る

左足が用水路にとられ膝をつき
モモから下がずぶ濡れになる

背中に黒を感じるが
それには振り返ることなく
煙を探す

煙はある

世界のオレンジ色は
紫色と藍色に浸食され始めている

再び歩き始めたボクの左足が
グッチャグッチャと音をたて
ぼくはそれをロボットが歩くようだと思い
すこし笑う

カラスの鳴き声
さらに遠くで
誰かの家の飼い犬が吠え続けているのが聞える

するするするっと音をたてて
夜色が世界に滑り込んでくる

おれんじ
だいだい
青色
藍色
群青色
桃色
ピンク
紫色
藤色


一瞬の黄金
周辺の白が滲み消える瞬間
一滴注がれたインディゴブルー

その粒子1コ1コに引きつけられるようにして
世界中の黒が目の前に染み出してきた

カラスの鳴く声
飼い犬の遠吠え

煙はまだ立ち上っているはずだが
すべてはこの日この瞬間の色に集約され
夜に侵されてゆくんだ

ぼくは煙の正体をつかむことなく
家に帰る

ただ
今ぼくが踏みつけてきた一筋の儚さこそが
ぼくの「道」なんだと思ったんだ

それは決定的に個人的なものであり
でなければロックンロールを聴くだけだ

だから
わかったフリしてそれを説明しないでくれ
そう思った

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