177ヶ月め


今日は2011年3月11日から5,389日
769週6日
14年9ヶ月
177回めの11日です。

今日は近所の小学校6年生と地域の壁画制作。
2018年から9回に渡って制作してきた壁画、子どもたちと学校と親と地域と自分とが連携し、街にとって幸せな壁画を制作してきたプロジェクト「とみがやモデル」の発展版。


渋谷区が先進的に取り組んできた子どもたちの探究的な学びの教育プログラム「シブヤ未来科」をフルに活用し、地域の課題を探究的に調べてきた6年生グループと、学校長の挑戦的なアイデアがうまいこと噛み合い、現在ある壁画から学校に続く道沿いに設置された小田急線線路の防音壁に、落書き防止と地域美化を両立される壁画を制作することに。


これを実現させるため、小田急の担当部署と折衝を行ったり、道路使用許可の申請を行ったり。
また、子どもたちが地域の課題に当事者として向き合えるよう、地域の落書き消しを一緒に行ったり。
その他、デザインやイラストレーションを使い地域に貢献するためのセッションを行ったり。


趣味は「火中の栗を拾う」、特技は「矢面に立つ」な自分ですが、

現在高校1年生の息子が大人になった時、どんな人が社会の仲間であったらいいんだろう?
そんなエクスキューズのもと、ともかく子どもたちと一緒に出来ることを重ねてきての今回です。


さて今の6年生。
小学校入学のタイミングでコロナ元年。

「それやっちゃだめ」「それ人の迷惑になるでしょう」
すべての会話がそんな枕詞から始まったような時代に1年生になった彼ら。

自分との関係で言えば、彼らが4年生の時に初めてセッションを行った世代。
その印象は、めちゃくちゃ頭良くてクレバー。
なんだけど、すべてのアクションの頭に「これやっていいの?」のひと言が入るような世代。

コロナの影響は侮れないです。


そんな彼らに対し、どこか何かのきっかけで1人ひとりのマインドにブレークスルーを起こしてあげたい。

自分のようなものが学校に呼ばれて子どもたちと向き合う意義はそこにあるわけです。
が、答えを先回りせず向き合って1年半。

「そろそろブレークするか!?」と思わせる事象がちらほら見え始めると、これまで押さえてきたものがボンと音を立てて吹き出るような瞬間が何度かあって今回。
壁画制作のタイミングとして最高!と真実実行しました。

そのタイミングがベストであったかどうか、1時間15分の制作時間で描いた50センチ幅で50メートルの壁画を見ていただけたらうれしいです。


今回のプロジェクトに利用した「シブヤ未来科」は、文科省が進めている探究的な学びのカリキュラムのシブヤモデルですが、こうした探究的な学びはこれらからの日本に絶対必要なことと考えています。

しかし、子どもたち1人ひとりが探求脳を獲得するには、自分の中にあるものを気持ちよく出し切り、その気持ちよさを誰かと共有できるようなことが必要だなと。それは自分が多くの現場で子どもたちとのセッションを繰り返してきた経験から実感しています。

子どもとの共感の共有のようなきっかけを創れたら、探究的思考が働き出すまで「待つ」といことが保護的立場にある大人には必要とされます。

そうして探究的思考が働き出しても、安易に成果を先回りして求めず、子どもたちの成長と楽しく並走するようなことも必要です。
自分が子どもたちと向き合った感じだと、子どもたちと出会って1年半は「待つ」ことの必要を感じています。

が、そうして子どもたちと付き合ってみた1年半後、子どもたちは自分と対等の立場で話しかけ、質問し、一緒に考えるようになってくれます。

そうなれば、自分のような者はただ子どもたちの背中を見守るばかり。
いや、ほんとみんないい顔した「人」に育ってくれるなあ〜と。

こうした子どもたちの成長が求められる時代ではありますが、それをすべて学校や先生に任せてしまうと、学校の現場はパンクしてしまうので、保護者や地域や企業や自分のような専門家も学校の力になり、理想的な子どもたちの学びと成長をバックアップする必要があります。

自分の場合は、週に1時間とか2時間の時間を子どもたちのために使うだけですが、それでもそこでの子どもたちの成長は絶大なわけで、その成長は自分の人生の喜びであるなあと。

その喜びは自分の「幸せ」の価値観を思いっきり良い方に更新させてくれるのです。

今回の壁画実現のために、子どもたちや担任とのミーティングから、PTAk、地域、行政、企業などなど、多くの方と語り合い、お力添えをいただいてきました。

そして本番。見守りや片付けを手伝ってくださった子どもたちのお母ちゃんたちと交わすひと言ふた言がオープンで、豊かで。。子どもたちを主語で語ることで、自分たちはこんなにも豊かな会話を持つことができるんよね〜。


にしても、絵を描くことを「アート」や「芸術」という枠に押し込め、何か特別なことのように語ってしまうのは、もったいない。

身の回りの課題を解決するための整理や、人とのスムースなコミュニケーション、ディスカッションの大まかな方向性を共有する手段として。さらには、この課題解決にはどんな学びが必要なのかを導き出すため(従来の国語算数理科社会の学びを受け身では無く能動的に学んでゆくきっかけとか)、絵を描けばいいのにな〜と思うのです。

そうした経験を持った人なら、AIに独創的で適切で社会に有益なプロンプトを打ち込む力を身につけるはずだしね!

さて、子どもたち。
次はなにをやろうか!?

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