西へ、南へ
今年は人との決定的な出会いなり別れなりの数だけ
花の絵を描いています
それはボクのエゴです
エゴを花に託し絵に昇華させるコトは
とことんエレガントでなければならいコトだと思います
思いますが
志し半ばです
かすみ草のような花の絵は
西に連れてゆく絵です
邪な絵です
思惑がキッチリ西を向いてくれているのが救いです
こうやって邪なエゴを昇華した後
思いは南へ

最近紹介した「月桃」です
「ホントウの戦場はこんなものではない」と言われてしまうはずですが
2009にボクはコレを描かねばならない
そう思いました
今から64年前にあった沖縄地上戦
スベテが失われてしまった景色の中
それでも咲いていた月桃の花
そこに希望を見たのか
もしくは
「不当な殺戮の記憶を失ってはならない」そんな誓いなのか
今年訪れたのは那覇市立銘苅小学校。
その全校生徒の全力で唄われた「月桃」の唄
ボクは日本のコドモたちスベテが出会い
唄うべき曲だと思いました
「月桃」 作詞・作曲 海勢頭 豊
1
月桃揺れて 花咲けば
夏のたよりは 南風
緑は燃える うりずんの
ふるさとの夏
2
月桃白い 花のかんざし
村のはずれの 石垣に
手にとる人も 今はいない
ふるさとの夏
3
まぶにの丘の 祈りの唄に
夏の真昼は 青い空
誓いのことば 今もあらたな
ふるさとの夏
4
海はまぶしい 喜屋武の岬に
寄せ来る波は 変わらねど
変わる果てない 浮世のなさけ
ふるさとの夏
5
6月23日待たず
月桃の花 散りました
長いながーい 煙たなびく
ふるさとの夏
6
香れよ香れ 月桃の花
とわに咲く身の 花心
変わらぬ命 変わらぬ心
ふるさとの夏
+
終戦と言われた日からそろそろ64年
しかし、
どうなんだろう?
今その答えが見えなくても
銘苅のコドモたちの全力に唄に負けぬ表現を
日々重ねてゆかねばだ
そう思います


