129ヶ月め
今日は2011年3月11日から3,928日
561週1日
10年9ヶ月
129回めの11日です。
11月から12月にかけて、
福島県奥会津エリアで5年めとなる子どもワークショップを行いました。
震災から10年を過ぎて、あらためて福島県の事業として、
今年は2017年の初年度と同じく柳津町を舞台に、
柳津町立斎藤清美術館を拠点とし、
福島県立博物館の学芸員チームが企画運営を行い、
NPO法人ドリームサポート福島が運営をサポート、
柳津町の地域おこし協力隊が現場をサポートくださり、
柳津町内の柳津小学校と西山小学校それぞれの学童保育を利用する子どもたちに、
学校や家庭では出来ないアートな体験の現場を創る企画。
』
事前に関わるみんなでオンライでミーティングを行い、
みなさんそれぞれが望むワークショップの姿を聞かせてもらいました。
今回は特に、柳津を愛し多くの木版画作品を制作してきた斎藤清と、
リノカットで作品世界を深めたピカソの作品を見比べられるタイミングということで、
そうした既存の作品に子どもたちをどうアプローチさせたら良いか、
多くの考えを聞かせてもらいました。
斎藤清が描いた柳津の姿は、町民だけでなく、会津だったり福島、もしくは日本の宝のようなものです。
その魅力を子どもたちに確かに手渡してゆくことは、このエリアを子どもたちの故郷としてゆくために、
欠かせない文化事業であるはずです。
ミーティングでは、過疎の進む奥会津エリアに暮らす子どもたちにも、
都会の子どもたちと同じようにアートに触れるチャンスを与えたい。
そんな考えも語られました。
これは多くの大人が納得出来るすごくわかりやすい考えだと思います。
しかし、奥会津5年めとなるボクは考えます。
奥会津に生きることは都会に暮らすことでは手にできない豊かさがあるのではないか。
奥会津に生きる子どもたちに、西洋で育まれてきたアートを「与える」ことの意味を、
ちょっと立ち止まって考えてもいいのではないか。
自然と共生した日本の原風景と言われるような環境で育った子どもたちから、
ボクはなにか新鮮なものを与えてもらえるのではないか。
過疎という環境が育み子どもたちのコミュニティの肩越しから、
日本の社会を眺めたらなにが見えるのだろうか?
もしくは、日本を超えた世界は見えてこないだろうか。
彼らの中に埋まっている色彩や線や構図に出会うことは、
大人にとって喜びにならないだろうか。
そんな大人の喜びが子どもたちに還元され、
さらに子どもたちのクリエイティビティが育つ。
そんな循環は、自然に囲まれたエリアだからこそ構築出来ないだろうか。
こんな考えの元、子どもたちの表現のアウトプットの触媒として、
優れた美術作品を「利用」するワークショップはどんな姿だろう?
「鑑賞」では無く「利用」というアートとの接し方。
よーっし、
考えがどんどん楽しくなってきたぜ。
そして、
11月に柳津と西山の子どもたちそれぞれとのセッション1。
ボク「これピカソって人の絵だけどどう思う?」
子どもたち「おもしろーい!」
ボク「この変な線、これを指でなぞってみよう」「あ、ほんとに触っちゃだめだけどね」
子どもたち「うい〜ん、ぐうーーー」
ボク「きもちいいだろ〜!」
子ども「わかんなーい」
ボク「斎藤清さんの猫の絵、同じポーズできる?」
子どもたち「できるー!」「えー、できない」「はずかしい」などなど。
ボク「いや、もっと足開いてるぜ!」「あと背中位をぐっと反って」
子どもたち「こう?」「できたー!」
ボク「どう?気持ちいだろう」「じゃあ、外に出て気持ちいい絵を描こう!」
ギャラリーから出て大きな紙の上に立ち。
「さっきの猫のポーズ出来る人いるかなー?」
斎藤清はピカソの気持ちい線を体に記憶した子どもたち。
「きもちいいい!」を形にしてゆきます。
じゃあ美術館の外に出てみよう!
子どもたちは、大人になにか与えられる前に、
子どもたち同士のコミュニケーションのもと、
柳津の「たのしい」をどんどんと見つけてゆきます。
柳津は4年前に同様のセッションを行ったことで、
耕された土壌というのがあるのだろうか?
4年前は手強く感じた『子どもたちコミュニティ内で設定されてしまう1人ひとりのキャラ』が、
今回はスムースに解けて、1人ひとりそれぞれのペースで、絵の具遊びを楽しんでくれたイメージ。
それに対して、今回初めましてで、より少人数で学校生活を送る西山の子どもたちは、
ボクが話始めると、スッと静かになって話を聞いてくれたりする良い子たちなんだけど、
美術作品を見て同じポーズやろうなんて投げかけに、やはりスッとアプローチしようとするも、
周りを見渡し、1人が突出することをためらう。
もしくは、
「これ誰やる?」に対して、子どもたち一斉に「〇〇くん!」と指を指す。
なるほど、子どもたち1人ひとりを見てゆくと、
みんなそれぞれ「私はこういう人だから」と語れてしまうキャラが設定されているみたい。
それは1年生から6年生まで20名くらいのコミュニティを、
日常の中でスムースに回してゆくための子どもたちの知恵であって、
外から来たボクが簡単に否定してはいけないもの。
なんだけど、彼らが成長し順々と社会に出て行く先で、
奥会津で設定したキャラは、簡単に踏みにじられてしまう可能性があり、
またそこでキャラを再設定するのか、もしかしたら折れてしまうこともあるかもしれない。
だから、今本当の「楽しい」に1人ひとりが触れておいてもらいたい。
斎藤清という人は木を彫る「楽しい」の経験が、
ピカソは面白い線を一本描く「楽しい」の経験が、
自分というものに命を与え、今一枚の絵としてみんなの前で息をしている。
この子どもたちはみんな芸術家になるわけではないはずだけど、
しかし、本当の自分が触れた「楽しい」は、人ひとりを生かすしなやかに強い力になるはず。
よーっし。
セッション2の目標が明快になった。
そして、
柳津の子どもたちは、より自分を加速させてくれました。
目に見える目の前の風景を、体が気持ち良いと感じる線で描く。
自分の気持ちが喜び続ける色で塗りあげる。
そんなテーマを投げた直後、柳津にデカイ虹がかかったものだから、
あとはもう子どもたちが勝手に自由に向かって駆けて行った時間。
西山では、まずはボクが気持ち良いと思うことを語り、
大きな紙に描くのも、小さな紙に描くのも、
それぞれめちゃくちゃ気持ち良い一本の線というものがあるってことを見せたら、
徐々に、徐々に、一本の糸をほどいてゆくように、子どもたちのキャラが剥がれ、
1人ひとりの「気持ちいい」が画面に現れるようになり、
ある瞬間、1人の女の子がなにかを突き破るように体全身を使って絵を描き始めると、
「気持ちいい」は波紋となり、子どもたち1人ひとりに伝わってゆきました。
そうしてあらためて子どもたち1人ひとりを見てゆくと、
コミュニケーションモンスターのような活発な女の子が、
実は可愛い絵を大切に描く子だったり、
お笑い担当でみんなから指名される上級生男子が、
実はめちゃくちゃ淡い色を繊細に重ねる子だったり、
現場をブレークスルーに導いた女の子は、
普段は目立つことは一切やらない子だったり。
いわゆる聞かん坊な男の子は、
実は見事な統率者として、色面を楽し過ぎる色水遊びの現場に育てたりね。
それでも、上級生グループが一塊りでみんなに背を向けて、
学校の美術的な絵を描いちゃっていたりもしたけど、
ここまでみんなの心を耕しておけたら、
4年前と今の柳津小学校の子どもたちが変化したのと同じく、
この先は子ども同士でブレークスルーのチャンスを見つけてゆくんだと思います。
しかし、すごい絵が生まれたぞ!
西山ってこんな緑色が美しい場所だって。
大人が語る子どもの個性ってなんだろうね?
ちなみに、この記事のトップに掲載したのは、
ボクが描いた柳津のセイタカアワダチソウ。
柳津は光がとても綺麗な土地で、
子どもたちは光の美しさの中で育っているのだろう。
淡く繊細な色を使う意味は、その辺にあるのかもね。
このワークショップの作品は、
2月から斎藤清美術館のアトリエで展示予定。
ボクも設営に立会い、子どもたちの作ったものがよりかっこ良く輝くよう、
がんばりますね〜!
みんなー
また元気で会おう!
奥会津から東京に戻り、東京駅を出ると丸の内はギラギラだった。
丸の内の街をアートで盛り上げるって企画だそうだけど、
この予算の1パーセントでも奥会津に投入出来たら、
日本はもっと楽しく良い国になりますよ。