わが家のクリスマス

今年のクリスマスの東京は、
これまでと比べたら随分と静かだったように感じました。
24日の夕方
ベランダに出てみると静けさ。
街がヒッソリと息をひそめているような感じ。
渋谷や原宿の繁華街からそう離れていない
ボクの家にあって、
それは25日の午後も同じでした。

世界は不況ですね。
クリスマスにかける出費を抑えるどころか、
生活のそのものが危機的な状況の人で溢れています。

しかし、
わずかでも自分で立ち上がる力を持っている人であるのなら、
その事実こそをヨロコビ変え、
自分より困難な立場におかれた方々のことを想像してみる。
クリスマスがそんな静けさに包まれた時であればいいんじゃないか。
もしくは、
こんな不況であるからこそ、
人としての当たり前を取り戻すチャンスである。
そう考えられたらなあと思います。

まあ、
クリスマスパーティーとか
身の丈に合わぬサプライズとかが苦手な
ボクの考えです。

一昨日の晩は、
西新宿の高層ビル群から抜け出して、
甲州街道を歩いてみました。
しばらく続いた冷え込みから開放された街。
それでもキリッとした冷たさを感じる空気の中を、
マッハ時速5キロメートルのスピード通り過ぎてゆく感じ。
マイルスデイビスの歴史的名盤と呼ばれるアルバムの中の1曲が
心の中にループしています
甲州街道沿いに点在する小さな店々には
わずかな人たちがへばりついていて
クリスマスイヴの時をささやかに過ごしているのが見えます
そこに生まれる隙間を埋めているように感じた
モードの旋律
ぼんやりしていたら見過ごしてしまう音の粒が
淋しく踊っていたようでした
その淋しさは決して悲観するようなものでなく
むしろ人間を構成するもっとも重要な成分にさえ思えた
2009 TOKYO
KIND OF BLUE 色したクリスマスイヴ
だからどうした?
オレンジページnetで連載させてもらっている
「オレンジハート♡おつかれちゃん」は
昨日のクリスマスに今年最後の更新をさせてもらいました。
(↑クリック!!)

ボクがコドモの頃は、
まだクリスマスのイベントなんてささやかなもので、
そのほとんどはコドモのためのもの。
そのごく一部はスナックやクラブで
お父さんたちの財布を緩めるためのものだったはずです。

5歳の時のボク
七五三では従兄弟から衣装と千歳飴の袋だけ借りてきて、
千歳飴の袋には母の破れたパンストを詰め込み、
“だらしない”ボクが衣装を汚してしまわぬうちにパチリ。
写真を撮り終えたらスグに身ぐるみ剥がされた。
そんな貧乏な家でのクリスマスに、
「楽しい」というイメージが湧くはずも無く。
コドモながらに
プレゼントをもらう事にプレッシャーを感じるほどでした。

その年のクリスマスイヴの朝、
仕事に行く前の父が
「クリスマスをやるから、これでツリーを作っておけ」と、
松の木の盆栽をひと鉢置いてゆきました。
「なんだこりゃ?」と疑問を持ちながらも、
楽しい気持ちでクリスマス盆栽ツリーの飾り付け。
脱脂綿をほぐして雪ににして、
折り紙やら新聞の折り込み広告やらで星を作り、
電飾なんか買う金なかったから、
ケーキに付いてくるロウソク、
(ケーキはあったっけかな??)
サンタさんやトナカイさんのカタチしたヤツ、
それをツリーにくっつけて、
てんこ盛りのクリスマス盆栽ツリーの完成。
仕事から戻った父と、
晩メシの準備が終わった母とボクとでクリスマス。
灯りを消して、
「きよしこの夜」を唄わされて、
父がキリストさんとはどういう人だったかひとしきり語って、
「それではツリーのロウソクに灯をともしましょう」
なんてね、
妙に厳かな感じで点火。
“ぼわぁぁ〜〜”
です。
そりゃもう可燃物の塊な盆栽ツリーだからね。
親子三人の目の前で一気に燃え上がり、
その凄まじい炎は天井まで、、
うわーーっっ!!!!てね、
消火する前に燃え切った可燃物ども。
ともかく火事にならなくて良かったと、
メシもノドを通らず早々に寝た記憶。
朝起きてみたら玄関に枝だけになった松の盆栽。
そこに顔が半分融けたサンタさんのロウソクがぶら下がっていて、
なるほど、貧乏人の家にはサンタさんは来ないのだと思った記憶。
それでもボクのクリスマスの
唯一「楽しい」記憶
なの、
か?
昨日のクリスマスの日
年間の自殺者が12年連続で3万人を越えたとのニュースを耳にしました。

個人的な実感で恐縮ですが、
先日参加したNAHAマラソンのスタートを切った人
30081名
那覇から島尻、糸満、そして那覇へと
累々と続いたアスリートの人波は圧巻でした。
今の日本は、
その人たちスベテが自ら命を絶つことで失われる国ですね。

今から64年まえの沖縄では
わずか3ヶ月で20万人以上の人の命が失われた
戦争がありました。
民間人の犠牲は9万4千人とされていますが、
たった3年でそれだけの人が自ら命を絶つ今の日本。
ボクたちは武器を使わぬ戦争状態に置かれているんじゃないか?
そんな実感と恐怖を
実はバブルと言われた時代から抱えています。
死とは
それこそ恐ろしくパーソナルな問題であり、
他者の立ち入りが不可能な場所に置かれていたりします。
それでも、
この状態をなんとかしなければならないのが、
ボクたちの責任であると思います。
そのために考えるのは、
「幸せのあり方を作り直さなければならないなあ〜」という事。

日本で幸せに生きるためには、
アレとコレはマストでゲットしなけらばならないとか、
結婚はこんな条件の人とこうやってああやらねばならないとか、
コドモにはこれだけのコトを身につけてやらねば「カワイソウ」だとか、
そんなこんなスベテ実現しなければ幸せになれないのであれば、
そりゃー疲れてしまうよ。
ボクのコドモの時の記憶のクリスマスは
貧しいものであったけれど、
なんとかここまで生き残ってきてます。
もちろん時代そのものが“希望”を抱えていた時代だったけど、
ならば今の時代ならではの希望を創る仕事を、
恐ろしく微力ではあるけれどやらねばな。
そんな2009のクリスマス。

最後の写真は、
近所のパン屋ルヴァンのクリスマスケーキ。
1/4ホールだけ買って来て食べました。
そして、
当たり前に美味しいってこういうことだよな〜と感じ、
キリストさんが貧しい人々に分け与えたというモノは、
こんなことであるんだとさえ思いました。
以下追記
どうでもいいけど、
変換ミスとも言えないような誤字の嵐、、
只今修正しました。



おつかれちゃんのクリスマスエピソードはアミイゴさんの体験でもあったんですね。
燃えてしまったのはびっくり残念でしたが、盆栽ツリーはなかなかいい発想だとおもいますよ。 ちなみに私はクリスマスおでんも好きです
ここ数年は私はパン屋だったり保育園だったり花屋だったり と、クリスマス気分はかなり忙しく感じる場所で働いているのですが、
昨日は一転してクリスマスは、正月の販売へ 余韻に浸るまもなく次に移っていく速さに頭と体の切り替えがたいへんです。
イベントやお祭りは嫌いじゃないけど、それにこだわりすぎず、なんでもない日常がありがたかったりします。
年間の自殺者が3万人をこえたことを知りその多さに、正直実感がわきません。 17年前に父が自死して、あんな思いは二度としたくないし、誰にもしてもらいたくない。。
〜ねばならない、という価値観にしばられないことや、
当事者しかほんとうの痛みはわからないといってしまえばそれまでだけど、相手の痛みを思いやる気持ち。。
ただそんなあたりまえのことを忘れないようにいたいと思う師走でした。
長いコメント失礼しました。
アミイゴさんにとってもよい年越しを
>Kyokoさん。
コメントしずらい日記に
真摯なお言葉をありがとうございます。
ヒトリを失うこと
もの凄いパワーです
しかし
あまりにも軽々しく失われてしまうイメージが
30000という数字にはあります
ボクも友人や知人の多くを
自殺で亡くしています
そのヒトツヒトツの事実にガツンと殴られっ放し
いや
そんなチョロいもんじゃないです
ただ
この事実に対して
もっと風通しの良い会話が社会の中で行われぬものか?
そう思います
もはや手遅れなのかもしれないけれど
残されたもの同士で語り合う言語を持たねば
そう思います
もちろん
立ち入ってはならぬ個人の領域を守り
人間としてのイマジネーションを駆使し
悲しみは悲しみのままに探り当てた言葉でです
なんつーか
30000なんて数字に負けてちゃダメだと思うのです。
それでも今感じる恐怖
愛しい人を自殺で失う可能性がある
そんな社会だってこと
ならばそれを抗う考えを
その恐怖に気が付いた者同士からでも
絞り出してゆくことを始められないか
そう思います
人の痛みを
ボクは代わってやることは出来ないどころか、
「わからない」んです。
しかし
「わからない」ままで良いなんて絶対に思えない。
「わからない」をパワーに変えることは出来ないのか?
そんなことを考える毎日です。
ボクも長いコメントになってしまいました
しかも
まだまだ混乱していますね
またナニかお気づきの場合は
是非お言葉を投げかられてくださいね。
家族を自殺で亡くしたという経験からか同じ体験をした人の匂いを感じ取ってしまうようになりました。
私が26年間ずっと思ってきたことは、もっとみんな話をすればいいのに、ということです。
家族や友人を自殺という形で失ったとき、多くの人が自分を責めてしまう。
もしくは、家族同士、友人同士を責め合ってしまう。
それに傷ついている人がたくさんいると感じます。
そしてどこへも行けなくなってしまっているとも。
語る、ということは自らを癒すことでもあると思うのですが、
語らせてくれる場所や人がみつからない、ということでさらに悪循環が生まれているようにも思います。
口を開くきっかけを作れたらなぁと、いつも思います。
もちろんそういうことがおきない社会にしたいという願いもあります。
こどもを持ってさらにそういう風に思うようになりました。
そして、こどもたちには彼らの祖母の死についてどう伝えたらよいのか。
いろいろ考えます。
難しいですね。
難しいけど、正直につきあいたいです。
ふと書き込みたくなってしまいました。
失礼しました。
>Monicaさん。
ホント
死とはとことん私的なことであり
他者にとって立ち入り不可能な部分がデカイよね
だからボクは
いかなる死に対しても
まずは静かに受け止めることから始める訓練をしてきたようです
残念ながら死とはとことん人事なんだよね
しかし
それは生に対しても同じではないかなと思うんだ
それは死という絶対があるからこそなのかもしれなけれど
人の生はとことん個人的なことであり
立ち入る事の出来ぬことばかり
それでもボクたちはナニかをもとめ言葉を交わそうとする
愛とか言ってしまったりもする
残念ながら人を傷付けてばかりだ、、
バカみたいだーオレたちは
ならば
バカはバカなりの言葉でいいから
死を語れたらいいなと思う
色々な考えをされる人がある中で
Monicaさんがこんな場所であっても
言葉を届けてくれたこと
まずは
そんなんでいいんじゃないかな