イラストレーション

先日はボクの所属しているイラストレーターの団体、
東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)の中の
“ホームページ委員会”の集まりがありました。
この日の参加は
井筒啓之さん、木内達朗さん、熊井正さん、高橋キンタローさん、都築潤さん
日本のイラストレーションを創造されてこられた
キラ星のごときイラストレーターの先輩方が所属する会の
ホームページを“今”機能するものに作り直してゆこうという取り組み。
委員会発足から1年半。
実際のシステムを組んでもらうためのオリエンテーションまで辿り着きなお、
イラストレーションの未来を思う真摯な意見交換が繰り返されています。
“ブログギャル”と同じくらいのネットやPCの知識しか無いボクが、
あーだこーだと意見を垂れているのが可笑しいです、、
しかし、出版物がどんどん無くなり、
仕事の現場を激しく失い続けている業界にあって、
インターネットという媒体にいかに関わってゆくのか?
若い世代の人たちにはこの問いそのものが「?」かもしれませんが、
天下の“手描き野郎”アミイゴちゃんにとっては死活問題。
個人的な見解ですが、
TISが百貨店的な老舗意識で営業している間に、
コンビニやユニクロ、ドンキーなんかが街に氾濫しちゃって、
さてどーすんの??なんて状況かもね。
(これは音楽業界とかにもあてはまるね)
さらに、
ネット上に溢れる原色ギラギラなビジュアルに対して、
それなりに培って来た技術を駆使した美しさを提案してゆけまいか?
そんな個人的野望みたいなのもあるんよ。
ボクの絵を描くワークショップでは
“手を動かす楽しさ”
“ヨロコビのスタートライン作り”
そんなんがテーマであるけれど、
それを職業として継続させてゆくことは、
他の仕事と変わりのない厳しさに立ち向かってゆき、
ある時はそれをねじ伏せてゆかねばならなかったりもします。
血の滲むような、しかし見た目チャライ感じ。
そんなんで20年やってきて、やっぱ危機感は深まるな〜。。
などと、
個人のホームページも作らずタレてるオレは、
やっぱチャライのであるがね。。
まあガンバリますよ!

そんなTISの展覧会
24日から銀座のリクルートG8ギャラリーで開催です。
♪しゃぼん玉飛んだ 170人のイラストレーターが描く日本の童謡・唱歌
詳細は改めて〜。
で、そんな熱い語らいの後、
青山のスペースyuiへ。

小渕ももさんの展覧会
MOMO’S SUMMER GOODS SHOW に行ってきました。
イラストレーションの仕事を始めたころからずっと好きな作家さんである小渕ももさん。
自由で軽やかでシナヤカでセクシーで、
ボクが目指すものの多くを表現し続けてこられた方。
その方が世界を転々とした先、
三浦のアトリエで作ってこられた服や食器や小さな作品が展示されていました。

なんつーかですね、
今色んな場面で「ていねいな」なんてコトバに出会ってしまうのです。
その「ていねい」は
きっと「嫌なことはやりたくない」
もしくは「面倒は避けて通りたい」
みたいなことの言い訳にに聞えてしまうんだ。

小渕ももさんの作品の
なんとも振り切れた“作るヨロコビ”に出会うと、
みんなもっともっとやろうぜ!なんて思えた。
もしくは、
ネットに可能性を見つけるのもイラストレーターかもしれないけれど、
こんな生き方こそイラストレーターなのかも、なんてね。
そんな展覧会。
小渕ももさん、
いつまでもチャーミングです。

オレがカワイコちゃんな服を買うことはないけれど、
大振りのボウル、う〜ん、買ってしまおうか、、
只今悩み中〜です。

ネット、ちょいと冷たげだったりアナログな表現がし辛いかのような印象があるかも(つか、そんな側面もたしかにあるんですが)だけど、実はムチャクチャ作り手の人となりを伝えることが出来る場だと思ってます。ウェブサイトなんてのは単なるツールで、それに適した表現方法をそれぞれに合ったカタチで見せることを知恵絞って捻り出すことができればこんな素敵ツールはネェなあ、と。自分が最初にWebの世界に触れた頃(MOSICからNetscapeの時代になったくらいのころ)に感じたドキドキワクワク感はとてもアナログなもので、遊び場が一気に広ーーーーーーーーーーーーーーーくなったのです。
むー、文章で伝えようとすると長くなるんで今度直に話しまーす。
てなワケで9/2からトーキョーです。
>ひらいさん。
9月2日から東京かいな。
話の続き、聞かせてくれよ〜!
で、いい加減ホームページ作ろうかなと考えているぜ。
TISのHPを作る作業に平行して、
オカシナものを準備しておくのもオカシナ話でいいかもね。
つーか、ネット上のビジュアルのあり方も、
コチラ側からビシバシ提示してかなきゃならん時代だよね。
(きっと遅きに失しているはずだけど)
画面上で動いたりしないで、
1枚の絵でバシっと勝負とかね。
ちょっと圧倒的なことなんじゃないかな?なんて思うよ。
そんなこんな、
もろもろ相談させてくださいねー。
ていねいな、ってことばを、使い続けてたひとりです。
でも、アミイゴさんがいってるような、ていねいさになっちまってたら
本当にやだなあ、と、おもいます。
ていねいに、って
私の中では
できるだけそれに向き合うというか(時間だけの問題ではなく)
つくるものに、体温こめるというか。
そんな感じです。
ていねいに何かをしようとしたら
わたしは、部屋も生活もめっちゃくっちゃになってしまいます(これは言い訳です)。
決してスタイリッシュにできないです。
汚いのは決して素敵じゃないだろけれど・・・。
ネットは、きっかけでいいなあと、自分は思います。
自分がどんなふうに、絵と歩いていくか、わからないけど
アミイゴさんみたいに、作品にも、アミイゴさん自身にも血が通っているような、
そんなふうに、描いていきたいなとここみるたびおもいます。勝手にパワーもらっております。
いつか、茨城にあそびにいらしてくださいね~。
わたしも、どこかに出没したいと思います。ながながすんません。
>natunatuna(さるた)さん。
かきこみありがとね〜。
そうそう、
natunatuna(さるた)さんが使った「ていねい」がかなりスカッと心に響いたから、
そこから発想していったことでもあるよ。
なんつーか、ハツラツとした「ていねい」だと感じて、
そんなんが日々の当たり前になってゆけばいいな〜と思ったよ。
で、
たとえば、
近所のパン屋のルヴァンとか、
スゲー旨い寿司屋のオヤジさんとか、
自家焙煎の珈琲の名店福岡の美美さんとか、
決して緩むことの無いネジを作るオジさんとか、
自動車や旅客機や客船を設計製造する人たちとか、
心をどこまでも続く高みに連れて行ってくれるピアノを弾くルビンシュタインとか、
本屋でどうしても手にしてしまう本の装幀画を描くイラストレーターとかに、
「ていねいですね」なんて言えないなあ〜とね。
「なんだ〜!?そんななぁあたりめえじゃねえか、バカやろー!」なんて怒られてしまうね、、
「ていねい」は当たり前で、
その上に血の滲むような修行があったり、創意工夫があったり、
振り切れた個人があったり、
そんなヒトツヒトツは狂気のようであるかもね。
もの凄く景気が悪くて、夢も持ちづらい時代にあって、
お金を出してまで手にしたいものはそんなものであると、
オレもそんなものを創ってゆかなきゃと日々思うのです。
愛しのアミイゴ♪
いよいよ明日は徳島デザイナーズコレクション!
私も手仕事に関わる一人
アミイゴの『お金を出してまでも手に入れたいもの』
『オレもそんな物を創ってゆかなきゃ』に共感した
物凄くモノは溢れてて選択するには情報も多すぎる
お客様に選ばれる!と言う事は誇りでも有り
でも流行の中で明日には もう飽きた・・・そう言われるかも知れない
キヨシローが居なくなりでも今尚 コレまでに様々な人々から尊敬され愛され必要とされているのか
それは彼が自分がやりたい事だけを継続してやって来たからだ!そう思ってる
他人に何を思われようとも自分には嘘はつかずに!本物は最後には輝く☆そう信じてる
まがい物が多い時代 気持ちだけでも本物趣向で有りたいな そんでもって最後は
私のアミイゴへの愛が どうか まがい物で有りませんように・・・ LOVE☆yosico
>Love☆yosicoさん。
なんだよね、
「最後は愛だぜ!」そう言ってのけたいのだ!
ボクの仕事は、
時代のモードに寄り添ってしか成立しないから、
普遍的なものなんて成し得ないはずなんだが、
それでもそこを突き破ったものを創るかどうかだよ。
ガンバルよ!
ガンバレよ!
愛しのアミイゴ♪
うん☆そう!
『最後は愛』
愛が無くっちゃね~♪
ガンバルよ!
優しくそんでもって心強い言葉
メルシ~♪
『愛してま~す☆』
>Love☆yosicoさん。
あったりめーよ!
最後は愛!!
それで勝てなくてもいいじゃん。