沖縄慰霊の日に

6月23日は“沖縄慰霊の日”
1945年のこの日は、沖縄戦での組織的戦闘が終結したとされている日。
莫大な数の戦争被害者を追悼し平和を願う日です。
あれから64年たって、
しかしボクは沖縄の戦争はちっとも終っていない、
そんな実感にあらゆる場面で出会います。
去年の日は沖縄本島の南端、
沖縄が追いつめられた土地“摩文仁”にある平和祈念公園での
平和祈念式典に参加させてもらいました。
沖縄の方々が平和を祈念する強い気持ちに出会いつつ、
政治の色も濃い式典であり、今の沖縄が何を必要としているのかを、
戦争と平和の隙間から覗けたような経験でした。

ならば今年は“個”でありたい、
そう願い朝10時発のフェリーに乗船しました。


沖縄本島から西へ40キロ
慶良間諸島の座間味島を目指します。
1945年4月1日の沖縄地上戦を前にアメリカが最初に踏み込んで来た場所

座間味島をアメリカ軍が制圧したのは3月26日
その直前に住民の痛ましい集団自決が起こった島です。
戦争は続いています。
南シナ海の紺碧色した海は美しいエメラルドグリーンに変わり慶良間の海へ。
フェリーは阿嘉島の港に寄港。

高速船で座間味に直接向かう航路では50分で着いてしまいますが、
フェリーはノンビリ旅です。
それでも正午に座間味港着。
港の目の前には“アメリカ軍が初上陸した場所である碑”が立っていて、
その周りをコドモたちが駆け巡っていました。

6月23日のこの瞬間は黙祷するべき時間ですが、
ボクは高月山の登山道を登りある場所を目指します。

初めて座間味を訪れたのは6~7年くらい前だったけかな?
当時色んな部分で手伝っていたマウントシュガーの「ホタル」という曲がステキで、
その歌詞の背景が、
ボーカルの山里亜理沙が子供の時に座間味で出会ったことと知り、
ならば唄を知るにも山里を知るにも行っておこうと思ったのでした。
正午を少し過ぎましたが、
ここで目をとじ、手を合わせました。

この美しい島だけでアメリカとの戦争で1200名の人が亡くなり、
その中で多くの住民が集団自決をしたという事実。
責任の置き所で今も議論が繰り返されている集団自決。
しかし、
それは“自決”なんて立派なコトバで誤摩化していいものじゃなく、
人間の生が戦争で歪められ不当に失われた
ヒトツヒトツの死の累々とした積み重ねでです。

その地獄の絵と島の美しさのコントラストがあまりにも大きくて、
クラクラした頭で2つの絵を結びつけられぬまま、
島をアトにした初めての座間味。

その後、沖縄で子供たちと向き合い手を動かすワークショップや
戦跡地を巡ることを重ねる中で、
2009年の6月23日は座間味に在ろうと思たのです。
そんな景色の中で、
“ヒトリの恐怖”を想像しながら歩きます。
そしてやはり失ってしまっていけない多くのことを思います。

座間味の阿真ビーチは風の通り道になっているようで、
一瞬で風向きの変わる風にあおられた海面の波紋が美しく、
ヒザまで海水に浸かった状態でズット波紋を眺めていました。
今回は最も潮が引いている時間だったようで、
珊瑚が砕けたゴロッとしたビーチが広がっていましたが、

人の人生は「寄せては返す波のよう」と唄われることが多いですね。
しかし風が吹くと
その波の上にはさらに細かい波紋が
ざわわ
ざわわ
と
一瞬も同じ表情であるはずもなく
湧いては消え
消えては湧いて
しかし、そんなものには興味を持たぬ“頭のイイヤツ”がこの世にはいて
机の上に資料を広げて立派な頭で分析して考えて
戦争を起こすんだろう。
そんなのイヤだ。
ならば、
そんなヤツらに1つでもいいから負けぬことを
日々重ねてゆかねばだ。
それは、
戦争のようなバカげた殺戮ではなく、
しかしヒトリの小ささをかけた命の闘いのようであり、
若い世代伝えてゆかねばならないことだと思います。




















僕も座間味行った時、1人で山道上って
この慰霊碑に出会って。。。浮き浮き気分が一瞬で沈み
さみしくなり そして
1人考えさせられたよ。
しかも曇り空で風も強い中だった。
しかし海の色は何事も無かったかの様に
晴れると美しかった。
キレイ。沖縄。
子供たちの笑顔を守らなければ。
私、頑張ります。
>エロシさん。
実は、オレたちの住んでいる東京だって、
とんでもない殺戮があった場所。
なのに、
そんな記憶を振りほどこうと頑張って頑張って、
そのうち何がなんだったかなんてこと分からぬなって、
景色が歪められて、
今オレたちが生きている。
座間味の美しさは、
それに気が付こうとする人の心を抉ってくれるよね。
>shizuさん。
shizuさんはボクよりずっと偉大なステージで奮闘している、
そう思えた沖縄の数日だったよ。
無理しないで、
しかし、精一杯の奮闘をね〜!
今年のアタマにはひめゆりの校章が海岸で発見(http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-139748-storytopic-1.html)されたり、糸満では不発弾で負傷する人がでたり、那覇市内でも(シュガーローフ付近)いまだに遺骨が出てきたり、ほかにもいろいろいろいろと。
戦闘行為は終結して久しいけど、戦争はまだカタがついてないってのは実感しますね。
んで、そんな沖縄なのに大学生の3割が慰霊の日の由来を知らないって報道を耳にして「むうう〜〜〜〜〜ん…」てなったりします。
なんだかね。
>a.k.a. 呑キさん。
とまりん-座間味往復のフェリーは実に呑気な空気。
みなそれぞれの休日を楽しんでるような観光客が多くてね。
今までならそんな景色をカリカリした気分で見てたけど、
それどころじゃないね。
こんな景色もアッと言う間に失われかねないのが今。
問題の本質をえぐり出して見てかなきゃだね。
クソッタレヘリパットのこと、
福岡のみんなにちゃんと伝わるといいね!
アミイゴ様、
お久しぶりです。沖縄のあーちんです。
今年もいらしていたのですね。
ぜひお会いしたかったですが、今回は「個」だったのですね。
イラストですが、ワタシも少しずつ筆を重ねています。
まだ突破できぬ壁がありますが
いつかアミイゴさんに見ていただきたいです!
次回、来沖の際はぜひご連絡くださいませ☆
>あーちんさん。
そうですね〜、
回を重ねるごとにやるべきことが増えてしまう沖縄での時。
なかなかノンビリ癒されるなんてことは出来ず、
逆にコドモたちに与える、もしくはコドモたちとグルーヴすることに
エネルギーのスベテを費やしてしまいますね。。
で、
経済的に破綻寸前の沖縄でありましょうが、
なんでもいいから絵を仕事されてみてください。
そこからがイラストレーションの始まりで、
そこから次の仕事が創造されてくるはずだと思っています。
それがどんなに小さなことでも、
沖縄発のアクションは東京から眺めると眩しく感じるものです。
そんなことをヒトリヒトリがちょっとずつでいいから創ること、
そんなんが沖縄の魅力を深める力になると思います。
ちょっとずつ始めました。
絵のお仕事。本当にちょっとずつだけれど。
ここから始まる新たなコト。
楽しみだな。
娘が来年4月から銘苅小学校に通うのです。
アミイゴさんとつながるグルーヴを
娘にも感じて欲しい。
ありがとうございます。
勇気100倍。
嬉しくてほっぺのあたりが
ジワジワしました。
>あーちんさん。
娘さん、銘苅小学校に通うのですか!
スゲー偶然ですね!!
また来年行けるかな〜。。
娘さんはじめ沖縄のみなさんに恥ずかしく無いように頑張って、
また伺いたいです、沖縄。