銘苅小学校「平和集会」

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6月23日は沖縄で最も大切な日の1つ「沖縄慰霊の日」

この日沖縄は県民の休日となり、
64年前に起こったことあらためて心に刻む日になります。

その前日の22日月曜日の朝、
ワークショップライブでお世話になった銘苅小学校でも「平和集会」が開かれ、
「是非参加してみてください」とのお声かけに甘えさせてもらいました。

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銘苅小学校は新興の街“おもろまち”に在る在校生800名以上の大きな小学校。

下級生になるにしたがってグッと児童数が多くなり、
学級数も増えている現象は、
この新しい街に多くの方が外から転入してきているということですね。

数年前、沖縄地上戦での激戦地であったこの辺りを歩いた時は、
ホントなにも無かった場所です。

それは激戦の記憶をそのままこの土地に眠らせておきたいという、
沖縄の方々の気持ちの現れだったように感じました。

しかし“新都市開発”の錦の旗のもと多くの資本が流れ込み、
突然現れた臭いのない町。

「痛い」とさえ感じたのがボクにとっての再開発直後のおもろまちでした。

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だけど沖縄の太陽は素晴らしいね。

テカテカしたイメージだった街も、
わずか数年で強い日差しに焼かれて“オキナワ”な景色に馴染んできてる。

そして沖縄の人は、
どんなに島が変わってしまおうと、
64年前のことを風化させてなるものかと闘い続けてゆくんだね。

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3年連続沖縄の小学校でワークショップさせてもらっているけど、
どこの学校も平和教育を学校運営の真ん中に置いていて、
ボクたち日本人の大人の歴史認識より深いものを
小学校の頃から学んでいます。

県外から入居されてきたお母さんのお話させてもらったけど、
「当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなかった」
「あまりのことに涙が出て来てしまった」

それが日本と沖縄のスタンダードのギャップだよね。

そのギャップを新興の街で埋めてなお、
平和の尊さを伝えてゆく銘苅小学校の取り組み、
沖縄だけでなく世界の未来が懸かっているんだと思いました。

そんな中で沖縄のコドモたちは
「我が身に置き換えて考えること」をチム(魂)に染み込ませられるんだね。
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広島や長崎も同じく平和教育は進んでいるけど、
今からでも遅く無い、沖縄での取り組みと同じレベルのこと、
日本中でやらねばならないと思うよ。

少なくとも、
戦争の惨さを伝える写真の前を駆け抜ける銘苅っ子、
そんなんに出会うだけでもオレたちが何をやらねばならないか分かるよね。
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さて、体育館に移動して「平和集会」
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全校生徒だけでなく、
隣接している幼稚園の園児も参加の壮観な体育館で、
つるちゃん」の読み聞かせ。
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8歳の時に戦争に巻き込まれてスベテを失ってしまった女の子
つるちゃんの話

そして74歳になったつるちゃん本人と銘苅のコドモたちとの対話。
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思い返すのも辛い体験を、
未来に生きる意味を伝えてゆかねばってギリギリの意思。

そのコトバのヒトツヒトツの重みが体育館に広がります。

しかし、重いだけじゃないね。

地獄のような極限を通り抜け、
とんでもない時代を生き抜いてきた人だからこその優しさが、
コドモヒトリヒトリに降り注いでいるようだったよ。

そんなつるちゃんは今の世の中を「平和」だと思えているのかな?
そもそも戦争は終ってはいないのだろうしね。

つるちゃんの講話が終ったら、
昨日まではコドモの顔してた6年生が、
ぐっと大人の顔して整列。
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彼らの“平和”を声も高らかに宣言。
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(クリックしたら大きくなります。読めるかな?)

ガツンと来たよ。

ニッポン、目を覚まそうぜ。

そして唄。

もうダメだった。

この時期、沖縄の至る所で唄われる“平和アンセム”「HEIWAの鐘」

コトバで足りなければ唄があるよね。

この1曲を仕上げるために、
指導されて来た方はどれだけの情熱を注いできたんだろう?

銘苅の6年生のブレ無く確信に満ちた唄。

とんでも無いものに出会った。

そして全校生徒で唄われた「月桃の花」

戦火でスベテ焼き尽くされた沖縄南部の糸満の土地で、
それでも咲いていた月桃の花に希望を唄った曲。

それに感情を込めるだけでなく、
身体を動かして唄っているのがホンモノだと思った。

唄は心からだけじゃなく身体からも生まれるんだ。

それが不当に失われてしまう戦争はやってはいけな。

ホントの唄の力をまざまざと感じさせられ、
クソー、泣いてなるものか!と思い、
それでもクソ〜、、

「平和集会」ではこの他にもあと3曲、全部で5曲が、
それこそ一気に唄われたのだけど、
そのスベテが素晴らしかった!

近年、日本の音楽シーンに多くの唄うたいを送り込んできた沖縄。
彼はやっぱ沖縄の希望だね!

“与える”つもりでうかがった沖縄で、
とんでもない宝物を頂いてきてしまったようです。

素晴らしいチャンスをありがとうございました!

コドモの顔に戻ったワークショップ参加のみんなとハイタッチとしてお別れ。

担任の先生が、
ワークショップで唄われたbaobabやjuru*yの唄、
生徒が唄いたがっている。
なんてウレシいことを伝えてくれて、
レコーディングして贈ることにしたのだけど、

出来たらボクは、
銘刈のみんなの唄と再会したい気持ちで一杯なんだ。

コメント / トラックバック 4 件

  1. みほ より:

    アミイゴさん、こんにちは。
    沖縄でアキヤマさんと一緒に旅をしていたものです。

    1005福岡のour songsで出会ったbaobabに
    沖縄で、じっくり、いま、再会できたこと
    とてもうれしかった。
    baobabやbaobabをとりかこむ風景やひと、音は
    なんだかとてもうつくしく、いとおしいです。

    そして6月23日
    わたしたちは糸満市へゆきました。
    平和記念資料館
    ひめゆりの塔
    家族で過ごす沖縄のひとたち
    視界いっぱいに広がる青い海
    そして今朝このブログでみた「HEIWAの鐘」の全身での合唱

    知らないことばかりでした。
    少しずつですが
    知る、ことからはじめてみようと思います。

    ありがとうございます。
    また、どこかのまちで。

    peace!!

  2. >みほさん。
    沖縄ではありがとね!

    で、
    ボクらの日々は、
    とんでもない犠牲の上にちょこんと乗っけられている 、
    実に危なっかしいものなんだと思うんだな。

    「学ぶ」てより、
    生き抜くために「身につける」べきもの、
    沖縄様から頂くよね。

  3. 今日はアミイゴさん、一年近く前に掲載された月桃の花ですがコメントします、全校生徒が声をそろえて
    歌う姿はやはり感動します、息子が小学生の頃学校で覚えてきて家で歌っていたのを思い出します。
    5月15日に海勢頭豊さんの平和コンサートが、南風原文化センター行なわれます
    出来るだけ多くの方に足をお運び下さるようにと、動画を使わしてもらっています。

  4. >琉球かすりの里さん。
    コメント、そして動画の使用、ありがとうございます!

    彼らの唄ったこの唄は、沖縄の、そして日本だけでなく世界の宝。
    そんな確信を持って紹介しました。
    (日本語を分からない国の人にも伝わる表現!)

    今さら基地問題で揺れる沖縄ですが、
    基地問題が浮上すると経済問題や民間レベルでの問題がマスキングされてしまう、
    またその逆もしかりの今の沖縄の社会ですね。

    しかし、
    「青い空」「美ら海」みたいなステレオタイプの沖縄の魅力だけでなく、
    こんな唄を響かせる力を持っていることを沖縄の誇りとして、
    是非活力のある社会を創っていってもらいたいな〜と思います。

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